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縺れあう糸
#30
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――もう、言うしかない。
そう覚悟を決めた私が、
「……あの、キ……ス……」
そう口にしたことを、
「……ん? キス?」
夏目さんが確認するように反芻した声に、コクンと頷いた私が、ゴクンと生唾を飲み下したその瞬間、
「あぁ、もしかして、木村にキスされちゃって、そのことで要に対して申し訳ないとかって、そういうこと?」
さすがの夏目さんも私が木村先輩に見せられたモノの存在なんて知らないから、勘違いしてしまっているらしい。
私にとって、それが良かったのか悪かったのかは分からない。
ただ、もし夏目さんに訊いたとして、もしそれが事実だったとしたら、その時のことを思うと怖くて、とてもじゃないけどそんなこと、訊く覚悟なんてない。
だから、渡りに船とばかりに、夏目さんの勘違いに、乗っかることしかできなくて、
「……は、はい、そういうことです」
なんて、答えてしまうのだった。
「美菜ちゃんがえらい深刻そうな表情してたから、当然要に関することだとは思ったけど。なーんだ、そういうことか。なるほどね? まぁ、確かに、美菜ちゃんにしてみたら、木村にキスされたことなんかより、そっちのが気になっちゃうよなぁ? ……ほんと羨ましい限りだな、そんな風に思ってくれる彼女が居るなんて……」
私の言葉を疑う素振りのない夏目さんの言葉にホッとしつつも、内心では、勘の鋭い夏目さんに、何かを気取られてしまうんじゃないかって気が気じゃなかった。
そんな私は、夏目さんの様子を窺うようにじっと見つめていたのだけれど……。
終始茶化すように感心したように軽く笑いながら、いつもの明るくて軽い調子で話していた夏目さん。
夏目さんが最後に、私の視線からふっと視線をずらして、組んだ脚の上に置いた手の中のカップに視線を落とした次の瞬間、ボソッと小さな呟きを落とした。
その時の夏目さんのどこか寂し気な表情と声音に、何故か私はどこかで感じたような、そんな既視感のようなものを感じた気がして。
でもそれが、どこでだったかもよく思い出せなくて、頭の片隅に少し引っ掛かりを感じたけれど……。
当然、この時の私には、それ以上のことを突き詰めてじっくり考えるような余裕なんてものはなかった。
そしてその後すぐに、何やら考えている風だった夏目さんに、
「美菜ちゃんが気にする気持ちも分かるけど。美菜ちゃんの気持ち無視して一方的にキスしてきた木村が悪いんだからさ、美菜ちゃんは何も気に病むことなんてないから大丈夫だよ。要にもいう必要ない。
そんなこと要にいったら、激怒して、『木村が美菜にキスしただと?そんな男すぐにクビにしてしまえ!この業界から抹殺してやる!』とかってことになっちゃうかもしんないしさ。フラれた上に失業なんてさすがにそれは可哀想だし、将来有望なショコラティエを失っちゃうのは会社にとっても痛手だし。だから、もうそのことは気にしなくていいし、さっさと忘れちゃいな、ね?」
いつものような優しい口調で、時折面白おかしく茶目っ気を交えながら、諭すようにそう言われた私は、それでもやっぱり要さんへの後ろめたさと、唇に残る感触とをどうしても拭い去ることができない。
それに、要さんと静香さんのキスのことだってあるし……。
なんとか開いてた傷を無理やり塞いで、応急処置を施していたところへ、それらが頭の中でぐちゃぐちゃになって、また強烈な痛みとなって襲ってくるから、それが痛くて痛くて堪らない。
それでも、なんとか泣かないように涙を堪えながら、
「……でも、こうやって何度拭ってみても感触は消えてくれないし。こんなんじゃ要さんとどんな顔して合えばいいかも分かんないし、いつも通りでいられる自信なんてありません。もう、どうしたらいいか……」
話しているうちに、堪えきれなくなったものが溢れ出してしまった私は、最後まで言い終える前に、また泣いてしまうのだった。
そう覚悟を決めた私が、
「……あの、キ……ス……」
そう口にしたことを、
「……ん? キス?」
夏目さんが確認するように反芻した声に、コクンと頷いた私が、ゴクンと生唾を飲み下したその瞬間、
「あぁ、もしかして、木村にキスされちゃって、そのことで要に対して申し訳ないとかって、そういうこと?」
さすがの夏目さんも私が木村先輩に見せられたモノの存在なんて知らないから、勘違いしてしまっているらしい。
私にとって、それが良かったのか悪かったのかは分からない。
ただ、もし夏目さんに訊いたとして、もしそれが事実だったとしたら、その時のことを思うと怖くて、とてもじゃないけどそんなこと、訊く覚悟なんてない。
だから、渡りに船とばかりに、夏目さんの勘違いに、乗っかることしかできなくて、
「……は、はい、そういうことです」
なんて、答えてしまうのだった。
「美菜ちゃんがえらい深刻そうな表情してたから、当然要に関することだとは思ったけど。なーんだ、そういうことか。なるほどね? まぁ、確かに、美菜ちゃんにしてみたら、木村にキスされたことなんかより、そっちのが気になっちゃうよなぁ? ……ほんと羨ましい限りだな、そんな風に思ってくれる彼女が居るなんて……」
私の言葉を疑う素振りのない夏目さんの言葉にホッとしつつも、内心では、勘の鋭い夏目さんに、何かを気取られてしまうんじゃないかって気が気じゃなかった。
そんな私は、夏目さんの様子を窺うようにじっと見つめていたのだけれど……。
終始茶化すように感心したように軽く笑いながら、いつもの明るくて軽い調子で話していた夏目さん。
夏目さんが最後に、私の視線からふっと視線をずらして、組んだ脚の上に置いた手の中のカップに視線を落とした次の瞬間、ボソッと小さな呟きを落とした。
その時の夏目さんのどこか寂し気な表情と声音に、何故か私はどこかで感じたような、そんな既視感のようなものを感じた気がして。
でもそれが、どこでだったかもよく思い出せなくて、頭の片隅に少し引っ掛かりを感じたけれど……。
当然、この時の私には、それ以上のことを突き詰めてじっくり考えるような余裕なんてものはなかった。
そしてその後すぐに、何やら考えている風だった夏目さんに、
「美菜ちゃんが気にする気持ちも分かるけど。美菜ちゃんの気持ち無視して一方的にキスしてきた木村が悪いんだからさ、美菜ちゃんは何も気に病むことなんてないから大丈夫だよ。要にもいう必要ない。
そんなこと要にいったら、激怒して、『木村が美菜にキスしただと?そんな男すぐにクビにしてしまえ!この業界から抹殺してやる!』とかってことになっちゃうかもしんないしさ。フラれた上に失業なんてさすがにそれは可哀想だし、将来有望なショコラティエを失っちゃうのは会社にとっても痛手だし。だから、もうそのことは気にしなくていいし、さっさと忘れちゃいな、ね?」
いつものような優しい口調で、時折面白おかしく茶目っ気を交えながら、諭すようにそう言われた私は、それでもやっぱり要さんへの後ろめたさと、唇に残る感触とをどうしても拭い去ることができない。
それに、要さんと静香さんのキスのことだってあるし……。
なんとか開いてた傷を無理やり塞いで、応急処置を施していたところへ、それらが頭の中でぐちゃぐちゃになって、また強烈な痛みとなって襲ってくるから、それが痛くて痛くて堪らない。
それでも、なんとか泣かないように涙を堪えながら、
「……でも、こうやって何度拭ってみても感触は消えてくれないし。こんなんじゃ要さんとどんな顔して合えばいいかも分かんないし、いつも通りでいられる自信なんてありません。もう、どうしたらいいか……」
話しているうちに、堪えきれなくなったものが溢れ出してしまった私は、最後まで言い終える前に、また泣いてしまうのだった。
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