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深まる疑惑
#3
しおりを挟む要さんが会食から帰って来たのが確か午後二十二時を回っていて、現在日付が変わって零時三十分ぐらいだろうか。
いつものように、要さんに腕枕された腕の中で、背中から包み込むようにして抱き締められて横になっていた私が、なかなか寝つけずにいたところ、要さんに声をかけられてしまったのだけれど……。
「……ん? どうした? まだ眠れないのか?」
「あっ、はい。さっき寝ちゃったから目が冴えちゃって。起こしちゃってごめんなさい」
「いや、俺もまだ寝入ってなかったし、そんなことでいちいち謝らなくていい」
「ご、ごめんなさい」
「だから、謝るなって言ってるだろっ!」
「……」
寝入りかけていたところを私に起こされてしまって、虫の居所でも悪いからなのか、話してる途中で、突然怒りだしてしまった要さん。
そういえば、帰ってきた時にも、ソファで転た寝していた私のことを怒って、お説教じみたお小言を繰り出していた要さん。
あれは、心配症の要さんが夏バテの私のことを心配してのことだと思っていたのだけれど、そうじゃなくて、ただ機嫌が悪かったからなのかもしれない。
――それはやっぱり、静香さんの所為?
――静香さんと再会して、やっぱり何かあったのかな?
要さんの元カノである静香のことを知ってしまった所為で、どうしてもそういう風に考えてしまう私は、怒らせてしまった要さんの言葉に、何も言えずに黙りこむことしかできないでいた。
……だって、私が何か言ったら、要さんのことを余計怒らせることになりそうなんだもん。
そんな私が、また泣いてしまうとでも思ったのか、焦った様子の要さんが、腕の中の私のことを気遣うように、
「あっ、いや、怒るつもりじゃなかったんだ。ごめん」
そういって、後ろから自分の顔を私の耳元に寄せてくると、
「……ただ、美菜がいつまでたっても俺に対して、他人行儀というか、遠慮がちというか、それが面白くないというか、歳が離れているから余計、距離を感じるというか……」
何やら言いづらそうに、要さんらしからぬ、歯切れの悪い言い方をしてきた要さんが、私のことを抱きしめる腕に力を込めながら、
「とにかく、もう、敬語はやめてほしい」
今度はいつものように、私にキッパリと言い切った要さん。
――なんだ、そういうことだったんだ。
――静香さんの所為とかじゃなかったんだ。
なんでもかんでも、静香さんに結びつけてしまっていた私は、要さんの言葉を聞いた途端にホッとしてしまい。
「……はい「だから、『はい』じゃなくて『うん』でいいと言ってるだろう?」」
「……ご、ごめんなさ……あっ、『ごめん』で、いいんでしたっけ?
……でも、それだと、どうしても方言が出ちゃうから恥ずかしいし。
社会人になってからは、まだ新入社員だから目上の人と話すことが多いし、敬語の方がなにかと話しやすくて……。
それに要さんは副社長だし、私は研修中だとはいえ秘書なので、どうしても敬語になっちゃうんです。
別に、要さんに遠慮とかしてる訳じゃありません」
「なんだそうだったのか。もういい、分かった。どうやら俺の思い過ごしだったようだ。
……そうだよなぁ、美菜にそんな他意がある訳ないよなぁ。鵜呑みにして不安になってた俺がバカだった。
やっぱり無理強いはしたくないから、おいおいでいい。その方が美菜らしいし」
「……あぁ、はい。そうさせてもらいます」
「それに、いつも敬語の美菜が、俺に抱かれてる時にだけ、『速く触って欲しい』とか、『いや』、『もうダメ』とか、『速く要さんが欲しい』なんて恥じらいながら言ってきて、よがる姿も結構いいもんだしなぁ」
「////」
いつものように、要さんの腕の中であーだこーだ言い合いながら話していると……。
会話の途中で、要さんが何やら独りごちるように呟いた言葉の意味がよく分からなくて、少し引っ掛かったものの。
お決まりのように、要さんに真っ赤にさせられてしまった私には、当然そんなことを考えるような余裕なんてなかったため、
「そんなに真っ赤になって、俺を煽ってるのか? 暗いがくっついてるから分かるんだぞ?」
「////」
「ハハ、冗談だ。体調が悪い美菜を襲ったりしないから安心しろ……てか、もうこんな時間か。美菜と話してると楽しくて、ついついこんな風に時間を忘れるんだよなぁ……。
こーら、いつまで真っ赤になってるんだ? そろそろ寝るぞ」
「……はい。おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
要さんのお陰で、さっきまでの不安なんてすっかり忘れて、いつものように、暖かで安心する要さんの腕の中で、私はようやく眠りにつくことができたのだった。
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