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忘れられない特別な夜
#14
しおりを挟む「……驚かせて、ごめん」
ロマンチックの欠片もないとっぴな声を出してしまった私に、いつものようにフッと笑って謝ってきた要さん。
言い終えるのとほぼ同時、私のことを後ろからそうっと伸ばしてきた腕の中に優しく包み込んでくれたのだけど。
やっぱり、どことなく元気がないような気がする。
そう思いながらも、要さんに首を振って応えると。
「……美菜に、言わなきゃいけないことがあるんだ」
要さんによって、重い口を開くようにして紡ぎだされた言葉に、胸がギュッと締め付けられるような気持ちになって。
ーーそんなに、言い出しにくいことなのかな?
そう思うと同時に、背中に密着している要さんから伝わってくる体温に混じって、緊張感だったり、不安だったり、あまり良くないものが伝わってくる。
ーーきっと気のせいに違いない。
自分にそう言い聞かせたいのに、ドクドクと胸の鼓動までもが嫌な音を立ててしまうから、不安に押し潰されそうになる。
ーー聞きたくない。
そう思うのに、それを声にすることさえもできないくらい、不安で、怖くて怖くて堪らない。
さっきまでの幸せだった時間が嘘のように遠ざかっていく。
何かにすがっていたくて、要さんの腕に震える手をそっと重ね合わせた時だった。
「……俺、近い将来、美菜と、結婚したいと思ってる。……けど、その前に、美菜に……言っておかなきゃいけないことが……あるんだ。このままでいいから、聞いてほしい」
途切れ途切れになりながらもしっかりとした口調で、要さんの口から紡ぎだされた言葉が私の耳に流れ込んできたのは。
その途端、美優さんのことが頭に浮かんできて。
ーーあぁ、やっぱり。だからずっと元気がなかったんだ。
さっきからずっと元気がなかった要さんの様子に合点はいったけど、スッキリするどころか余計にモヤモヤして、胸騒ぎまでして落ち着かない。
要さんの口から聞きたいと思う反面、要さんが美優さんのことをどう思っていたのかを、知ってしまうのが怖くもあるからだ。
でも、要さんが私に話したいと思ってくれたのなら、ちゃんと聞いておきたいとも思う。
頭の中で、相反する気持ちがせめぎあっていて、自分では収集がつきそうにない。
だからって、このまま聞かなければ、先には進めない。
どんなものが飛び出してこようが、要さんとの一歩を踏み出したいのなら、聞く以外に方法なんてないんだもん。
ーーだったら、覚悟を決めるしかない。
葛藤の末、なんとか覚悟を決めることのできた私が、要さんの腕の中でコクンと頷いてみせると。
背中越しに私の返事を見届けた要さんが静かに話し始めた。
「六年前、俺には、結婚したいと思っていた恋人がいたんだ。あっ、けど誤解しないでほしい。そう思ったのは、三十までには結婚したいって思ってただけなんだ。だからって、いい加減な気持ちで付き合ってた訳じゃない。
でも、付き合う前から彼女には好きな人が居て、それを承知で付き合ってたから。今にして思えば、俺はその男への嫉妬心から、彼女に執着してたんだと思う。
まぁ、結局、彼女には付き合って半年足らずで『やっぱりその人のことが諦められない』って、フラれたんだが……。
その彼女が俺と別れて、一年も経たないうちに病気で亡くなって。
けど亡くなる直前、人伝で、彼女が進行ガンの末期だと知って、それで俺のために別れを決めたんだって聞いて。
……けど、本人に聞いた訳じゃないから、それからずっと、スッキリしなくて。ずっと燻ったままで。それで結局、女性不信みたいになってたようなんだ……。
でも、美菜に出逢って、美菜のことを好きになって。美菜にも好きになってもらえて。その存在が大きくなりすぎて、失うのが怖くて堪らないくらい……好きになって。
こんな気持ちになったのは……初めてで。
そのお陰で、やっと自分の彼女への気持ちに気づけたんだ。
それに、少し前までは、人伝で聞いたのと同じで、弱くて脆い俺が彼女を失うのに堪えられないから、俺のために、嘘をついて別れることにしたと思ってた。
けど、きっと彼女は、俺の気持ちが彼女の好きな人への嫉妬心からきてるってことに気づいてて。
だから、そのことに気づいてなかった俺のために、別れることにしたんだって、今はそう思ってる。まぁ、こればっかりは確かめようはないが。
けど、美菜のお陰で、その時の自分の気持ちには、気づくことができた。
……だから、美菜が、その彼女のことを他の誰かから聞いて、俺が美菜のことを、彼女の身代わりにしたと誤解して、不安になったりする前に、ちゃんと俺の口から話しておきたかったんだ。
……けど、こんなこと、聞きたくなかったよな? ごめん。でも、美菜に誤解して欲しくなかったんだ。自分勝手で、ごめん。
でも、愛してる。美菜を失ったら、俺はきっと、一日だって、生きていけないと思う。それくらい……愛してる。
美菜が嫌じゃないなら、俺と……結婚、して……ください」
話が進んでいくに連れ、要さんの声が微かに震えはじめて。
それでも、それを堪えながら言葉を選びながら話してくれる要さんの話が私のことに及んで、終いには、完全に涙声になってしまっていた。
要さんの言葉を聞いてるうちに、私もいつの間にか泣いてしまってて。
気づけば、天を仰ぐようにして泣くのを堪えている要さんの腕の中、私は向かい合うようにして、そのあたたかな胸にしがみついていた。
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