フェチらぶ〜再会した紳士な俺様社長にビジ婚を強いられたはずが、世界一幸せな愛され妻になりました〜

羽村美海

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蜜月なのに※冒頭を前の章の文末から移動しました

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 ――か、奏さん⁉

 穂乃香が心の中でそう呟くと同時、奏の背後から駆け込んできた数人の男性の姿を認めた刹那、穂乃香に覆い被さっていたはずの男の身体が真横に吹っ飛んだ。

 その様を茫然と見守ることしかできずにいた穂乃香の身体は、奏の逞しい腕によってしっかりと抱き込まれていた。

 待ちに待った、愛おしい旦那様の香りとぬくもりとに包まれて、言い尽くせないほどの安堵感と幸福感が胸の中にじんわりと染み渡るように満ちてゆく。

 そんな中、心配そうな奏のバリトンボイスが穂乃香の鼓膜を甘く震わせる。

「穂乃香、ケガはないようだが、大丈夫なのか?」 

 その愛おしい声音に導かれるようにして穂乃香が顔を上げると、走って駆けつけてくれたのだろうか。

 いつもは綺麗に整えられているはずの黒髪は乱れ、端正な相貌には汗の雫までもが見て取れる。

 それなのに、いつにも増して輝いて見える。

「はい。奏さんこそ、ご無事で何よりです。本当に……良かった。お帰りなさい」
「ああ。ただいま、穂乃香」

 歓喜する穂乃香の涙で濡れた瞳には、奏しか映ってはいないし、耳にも奏の声しか届きはしない。

 しばし互いの無事を確かめ合うようにして見つめ合う。

 いつしかふたりは、微笑み合い、しっかりと抱きしめ合っていた。

 あたかもこの世界にはふたりだけしか存在していないかのよう。

 ふたりを取り巻く空気がまろやかに蕩けて甘さを増してゆく。

 そんなふたりの邪魔をするように、男の低い声が室内に響き渡った。

「おい、そこのふたり、俺を放置してイチャつくなっ! それになんなんだ、この男らは!」

   その声を聞くまで、穂乃香は男の存在など失念していた。

 ビクッと肩を跳ね上げてしまった穂乃香の脳裏に、再び忌々しい記憶が浮上しそうになる。

 たがすぐに奏から頼もしい言葉がかけられた。おかげで、幼い頃の嫌な記憶に囚われずに済んだ。

「俺が側にいるから大丈夫だよ。すぐに黙らせるから少しだけ待っていてほしい」

 奏の胸にぎゅっとしがみつくことで応えた、穂乃香の身体を逞しい胸に今一度ぎゅっと抱き寄せ、ポンポンと優しく頭を撫でながら男には冷ややかな声音を投げかける。

「その男たちは、セキュリティ会社の社員だが、到着次第警察に引き渡すことになる。それを承知の上で、こんなバカなことをしでかしたんだろう? 自業自得だな。だがそのおかげで、証拠を手に入れることができたし、今度こそお前を穂乃香から引き離すことができる。それに関しては礼を言っておく」

 淡々としたその声音は、穏やかな口調ではあるが、底冷えするほどの怒気が滲み出ている。

 聞いてるだけで背筋がゾクゾクとする重低音に背筋が伸びる心地がするほどである。

 そこに負け犬の遠吠えにしか聞こえない、男の乱暴な声が放たれた。

「証拠だと? そんな戯言に騙されねーぞ。どうせはったりだろう。そんなもんにのるかっ!」
「カマをかけたつもりはない、事実を言ったまでだ。自分の目で確かめるといい。柳本、頼む」

 けれど奏は歯牙にもかけない素振りでキッパリと言い放つと柳本に指示を出す。

 いつからそこにいたのだろうか。

 いつぞやのように奏に呼ばれて姿を現した柳本の手には、タブレット端末が見て取れる。

 それを男の眼前で掲げた瞬間、それまで威勢のいいことを言っていた男の顔からサーッと見る間に血の気が引いていく。

 どうやら画面に、奏の言う証拠とやらが映し出されていたのだろう。

 それでもにわかに信じられないと言った様子で男が苦々しい声を漏らした。

「そ、そんな……バカな。どうやって」

 そんな男に対し、奏は変わらず淡々とした冷たい声を吐き捨てる。

「覚えておくといい。顔も知らずに金だけで雇っただけの人間は、すぐに裏切る。ああ、失礼。元婚約者から、ただのストーカーに成り下がった愚かな男に忠告しても無駄だな」
「ーーあ、あの男っ!」

 奏の物言いに憤慨するのかと思われたが。
 男は、〝裏切り者〟に心当たりがあったようで、そのことに激高しているようだ。

 そこに、奏の冷たく鋭い重低音が容赦なく放たれた。

「言っておくが、二度目はない。もしもおかしな動きがあれば、その時は、今度こそ社会から抹消する」

 奏の胸に抱きつき顔を埋めている穂乃香には奏の顔は見えない。

 だがその声だけで奏の怒りがどれほどのものかが窺い知れるくらい、殺気立っている。

 それを二メートルほど離れているとはいえ、正面からまともに食らったのだ。

 さぞかし怖かったに違いない。

 事の顛末を見届けようと、穂乃香はゆっくり顔を上げてみた。

 すると、それを物語るかのように、顔面蒼白となった男はこの世の終わりだとでもいうような表情で茫然としてしまっている。
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