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かりそめの新婚カップル*
①
しおりを挟む奏の優しさに縋ってしまったあの夜から一ヶ月が過ぎようとしている。
季節は夏真っ盛り、八月を迎えたばかりだ。
けれども未だに穂乃香は、奏への想いに気づきながらも、奏に本当の気持ちを告げられないままでいる。
覚悟を決められないまま三ヶ月だった試用期間が満了し、予定通り業務の一環としてのビジネス婚ではあるが、先月の七月吉日に入籍を済ませた穂乃香と奏は正式な夫婦となった。
実は、試用期間が満了した際、奏は穂乃香の気持ちを尊重して、結婚の延期を提案してくれていた。
だがある人物によって、結婚しなければいけない状況に追い込まれてしまったのだ。
ある人物とは、毎度の如く余計なお節介……もとい、執事兼秘書としての仕事に並々ならぬ矜持をお持ちになっているらしい柳本である。
その柳本から、奏のご両親にあるご報告がなされてしまったせいだ。
ご報告というのは、これまでずっと浮いた話もなく縁談話にもスルーしてばかりだった奏が穂乃香との電撃的な出会いを経て、結婚を前提とした同棲生活に踏み切った、というものだ。
しかも、取引先である浅葱は竹野内家へのゴマスリのために、わざわざ奏の実家にまで出向いて。
『いいご縁に恵まれたようで羨ましい限りですなぁ。いやあ、おめでたいことでなによりです』
お祝いの品まで進呈したのだという。
それは仕方ないにしても、奏と一線を越え、奏への想いを自覚してしまっているので、あれ以来穂乃香は気恥ずかしさも手伝って、気まずくて堪らない。
そんな穂乃香とは対照的に、奏は翌朝からやけに嬉しそうにしていたし、物凄く張り切っているようだった。
心なしか以前より距離感が近くなった気がする。
だからといって、穂乃香の気持ちを置き去りにして関係を迫られたことなど一度もない。
おそらく、穂乃香の覚悟が決まるまで待とうとしてくれているのだろう。
だがただ待っているのでは駄目だと思ってもいるようだ。
以前にも増して優しくなったし、何かにつけて穂乃香に構ってくるようにもなった。
眩いほどのハイスペックイケメンのキラキラオーラとフェロモンとを間近で浴びせられて、平常心でいられるほどの鋼の精神力など穂乃香は持ち合わせちゃいない。
――このままでは、覚悟が決まる前に陥落させられてしまいそうだ。
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