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変わりつつあるもの

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 けれどプライベートまで共にするのだから、これまで通りにはいかないのだった。

 ――というか、誤算だったのだ。

 同居するに当たって家賃を払おうにも、奏はさも当然だとでもいうように『無用だ』と言って取り合ってなどくれなかった。

 だったらこれ以上借りを作らないためにも、得意な家事で少しずつでも返していくしかない。

 そう思い翌朝から朝食の準備をしようとしたところ、奏のとんでもない食生活が浮き彫りになった。

「え? コーヒーだけでいいって。社長、もしかして今お飲みになっているサプリメントが朝食の代わりなんですか?」
「ああ、そうだが」

 穂乃香はサプリメントを飲む奏を前に、うっかり見蕩れてしまう。

 爽やかなイケメンが登場するサプリメントのCMでも見ているような錯覚に陥ったせいである。

 ーーいけない。しっかりしなきゃ。

 奏との声にハッとし、何とかすぐに正気を取り戻すことができたものの。

「……『ああ、そうだが』じゃないですよ! 一日の活力の源である朝食をそんな物で済ませてたら身体を壊すじゃないですか。これからはちゃんと食べてください」

 奏に見蕩れていたのを隠そうとしたせいか、つい強い口調となってしまった。

 ――今のはさすがに社長に対して口調がキツすぎたんじゃ……。

 奏を神のように崇めている柳本が側にいたら即刻お小言を喰らっていたに違いない。

 穂乃香が人知れず罪悪感に苛まれていると、奏は何やら照れくさそうにはにかむ笑顔を浮かべつつ、嬉しそうに声を弾ませる。

「新婚夫婦のようで、何だか照れくさいな」

 不意打ちのように向けられた奏の笑顔と思いがけない言葉に、またしても穂乃香は毒気を抜かれそうになった。

 だが何とか踏みとどまる。

 そうしてさも何でもない風を装ったツンとした冷たい言葉であしらい、後は目の前の朝食へと意識を集中させる。

「そんな笑えない冗談言ってないで、さっさと食べてください。遅刻します」

 朝から奏に調子を狂わせられっぱなしで疲れさえ感じつつあったが、淡々と箸を進める穂乃香の様子を奏が殊の外楽しそうに眺めているという、いつしかそんな構図ができあがっている。

 奏との同居生活を始めてからというもの、調子を狂わされっぱなしだ。

 それは置いておくとして、とにかく驚きの連続だった。

 料理や洗濯など分担して熟してくれていた一般庶民の樹とは違い、奏は大企業の御曹司なのだ。身の回りのことは執事や使用人がすべて熟していただろうから、できないのは当然だろう。

 食事に関しても、一流のシェフが用意した料理を食しているのだと思っていたのだが、どうやらそうではないようで。

 仕事にストイックなあまりそれ以外のことは二の次、海外暮らしが長かったのもあり、奏は食に関して想像以上に無頓着のようだった。

 一日に必要な栄養さえ摂取できればいいと、ほぼほぼ外食とサプリメントで済ませていたらしいのだ。

 これまでよく身体を壊さずにいられたものだと穂乃香が感心してしまうほどだった。

 奏の仕事ぶりからも何となく予想してはいたが、まさかこれほどだとはーー

 母を亡くし弟と二人、狭いアパートで慎ましやかな生活を送ってきた穂乃香は、少しでも節約しようと自炊を心がけ、外食など二、三ヶ月に一度行けばいい方だった。

 料理好きだった母の影響もあって、自炊なんて苦でもなんでもない。

 むしろ料理を作っている間は余計なことを考えなくて済むので、ストレス発散に役立っているくらいだ。

 そんな背景もあり、今では食に関して無頓着すぎる奏のためにバランスのとれた食事を用意するのも、食卓を共にするのも、当たり前になっている。
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