29 / 91
変わりつつあるもの
②
しおりを挟む
けれどプライベートまで共にするのだから、これまで通りにはいかないのだった。
――というか、誤算だったのだ。
同居するに当たって家賃を払おうにも、奏はさも当然だとでもいうように『無用だ』と言って取り合ってなどくれなかった。
だったらこれ以上借りを作らないためにも、得意な家事で少しずつでも返していくしかない。
そう思い翌朝から朝食の準備をしようとしたところ、奏のとんでもない食生活が浮き彫りになった。
「え? コーヒーだけでいいって。社長、もしかして今お飲みになっているサプリメントが朝食の代わりなんですか?」
「ああ、そうだが」
穂乃香はサプリメントを飲む奏を前に、うっかり見蕩れてしまう。
爽やかなイケメンが登場するサプリメントのCMでも見ているような錯覚に陥ったせいである。
ーーいけない。しっかりしなきゃ。
奏との声にハッとし、何とかすぐに正気を取り戻すことができたものの。
「……『ああ、そうだが』じゃないですよ! 一日の活力の源である朝食をそんな物で済ませてたら身体を壊すじゃないですか。これからはちゃんと食べてください」
奏に見蕩れていたのを隠そうとしたせいか、つい強い口調となってしまった。
――今のはさすがに社長に対して口調がキツすぎたんじゃ……。
奏を神のように崇めている柳本が側にいたら即刻お小言を喰らっていたに違いない。
穂乃香が人知れず罪悪感に苛まれていると、奏は何やら照れくさそうにはにかむ笑顔を浮かべつつ、嬉しそうに声を弾ませる。
「新婚夫婦のようで、何だか照れくさいな」
不意打ちのように向けられた奏の笑顔と思いがけない言葉に、またしても穂乃香は毒気を抜かれそうになった。
だが何とか踏みとどまる。
そうしてさも何でもない風を装ったツンとした冷たい言葉であしらい、後は目の前の朝食へと意識を集中させる。
「そんな笑えない冗談言ってないで、さっさと食べてください。遅刻します」
朝から奏に調子を狂わせられっぱなしで疲れさえ感じつつあったが、淡々と箸を進める穂乃香の様子を奏が殊の外楽しそうに眺めているという、いつしかそんな構図ができあがっている。
奏との同居生活を始めてからというもの、調子を狂わされっぱなしだ。
それは置いておくとして、とにかく驚きの連続だった。
料理や洗濯など分担して熟してくれていた一般庶民の樹とは違い、奏は大企業の御曹司なのだ。身の回りのことは執事や使用人がすべて熟していただろうから、できないのは当然だろう。
食事に関しても、一流のシェフが用意した料理を食しているのだと思っていたのだが、どうやらそうではないようで。
仕事にストイックなあまりそれ以外のことは二の次、海外暮らしが長かったのもあり、奏は食に関して想像以上に無頓着のようだった。
一日に必要な栄養さえ摂取できればいいと、ほぼほぼ外食とサプリメントで済ませていたらしいのだ。
これまでよく身体を壊さずにいられたものだと穂乃香が感心してしまうほどだった。
奏の仕事ぶりからも何となく予想してはいたが、まさかこれほどだとはーー
母を亡くし弟と二人、狭いアパートで慎ましやかな生活を送ってきた穂乃香は、少しでも節約しようと自炊を心がけ、外食など二、三ヶ月に一度行けばいい方だった。
料理好きだった母の影響もあって、自炊なんて苦でもなんでもない。
むしろ料理を作っている間は余計なことを考えなくて済むので、ストレス発散に役立っているくらいだ。
そんな背景もあり、今では食に関して無頓着すぎる奏のためにバランスのとれた食事を用意するのも、食卓を共にするのも、当たり前になっている。
――というか、誤算だったのだ。
同居するに当たって家賃を払おうにも、奏はさも当然だとでもいうように『無用だ』と言って取り合ってなどくれなかった。
だったらこれ以上借りを作らないためにも、得意な家事で少しずつでも返していくしかない。
そう思い翌朝から朝食の準備をしようとしたところ、奏のとんでもない食生活が浮き彫りになった。
「え? コーヒーだけでいいって。社長、もしかして今お飲みになっているサプリメントが朝食の代わりなんですか?」
「ああ、そうだが」
穂乃香はサプリメントを飲む奏を前に、うっかり見蕩れてしまう。
爽やかなイケメンが登場するサプリメントのCMでも見ているような錯覚に陥ったせいである。
ーーいけない。しっかりしなきゃ。
奏との声にハッとし、何とかすぐに正気を取り戻すことができたものの。
「……『ああ、そうだが』じゃないですよ! 一日の活力の源である朝食をそんな物で済ませてたら身体を壊すじゃないですか。これからはちゃんと食べてください」
奏に見蕩れていたのを隠そうとしたせいか、つい強い口調となってしまった。
――今のはさすがに社長に対して口調がキツすぎたんじゃ……。
奏を神のように崇めている柳本が側にいたら即刻お小言を喰らっていたに違いない。
穂乃香が人知れず罪悪感に苛まれていると、奏は何やら照れくさそうにはにかむ笑顔を浮かべつつ、嬉しそうに声を弾ませる。
「新婚夫婦のようで、何だか照れくさいな」
不意打ちのように向けられた奏の笑顔と思いがけない言葉に、またしても穂乃香は毒気を抜かれそうになった。
だが何とか踏みとどまる。
そうしてさも何でもない風を装ったツンとした冷たい言葉であしらい、後は目の前の朝食へと意識を集中させる。
「そんな笑えない冗談言ってないで、さっさと食べてください。遅刻します」
朝から奏に調子を狂わせられっぱなしで疲れさえ感じつつあったが、淡々と箸を進める穂乃香の様子を奏が殊の外楽しそうに眺めているという、いつしかそんな構図ができあがっている。
奏との同居生活を始めてからというもの、調子を狂わされっぱなしだ。
それは置いておくとして、とにかく驚きの連続だった。
料理や洗濯など分担して熟してくれていた一般庶民の樹とは違い、奏は大企業の御曹司なのだ。身の回りのことは執事や使用人がすべて熟していただろうから、できないのは当然だろう。
食事に関しても、一流のシェフが用意した料理を食しているのだと思っていたのだが、どうやらそうではないようで。
仕事にストイックなあまりそれ以外のことは二の次、海外暮らしが長かったのもあり、奏は食に関して想像以上に無頓着のようだった。
一日に必要な栄養さえ摂取できればいいと、ほぼほぼ外食とサプリメントで済ませていたらしいのだ。
これまでよく身体を壊さずにいられたものだと穂乃香が感心してしまうほどだった。
奏の仕事ぶりからも何となく予想してはいたが、まさかこれほどだとはーー
母を亡くし弟と二人、狭いアパートで慎ましやかな生活を送ってきた穂乃香は、少しでも節約しようと自炊を心がけ、外食など二、三ヶ月に一度行けばいい方だった。
料理好きだった母の影響もあって、自炊なんて苦でもなんでもない。
むしろ料理を作っている間は余計なことを考えなくて済むので、ストレス発散に役立っているくらいだ。
そんな背景もあり、今では食に関して無頓着すぎる奏のためにバランスのとれた食事を用意するのも、食卓を共にするのも、当たり前になっている。
1
お気に入りに追加
198
あなたにおすすめの小説
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
幼なじみと契約結婚しましたが、いつの間にか溺愛婚になっています。
紬 祥子(まつやちかこ)
恋愛
★第17回恋愛小説大賞にて、奨励賞を受賞いたしました★
夢破れて帰ってきた故郷で、再会した彼との契約婚の日々。
【表紙:Canvaテンプレートより作成】
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。
絶対に離婚届に判なんて押さないからな」
既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。
まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。
紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転!
純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。
離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。
それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。
このままでは紘希の弱点になる。
わかっているけれど……。
瑞木純華
みずきすみか
28
イベントデザイン部係長
姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点
おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち
後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない
恋に関しては夢見がち
×
矢崎紘希
やざきひろき
28
営業部課長
一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長
サバサバした爽やかくん
実体は押しが強くて粘着質
秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?
転生皇女は冷酷皇帝陛下に溺愛されるが夢は冒険者です!
akechi
ファンタジー
アウラード大帝国の第四皇女として生まれたアレクシア。だが、母親である側妃からは愛されず、父親である皇帝ルシアードには会った事もなかった…が、アレクシアは蔑ろにされているのを良いことに自由を満喫していた。
そう、アレクシアは前世の記憶を持って生まれたのだ。前世は大賢者として伝説になっているアリアナという女性だ。アレクシアは昔の知恵を使い、様々な事件を解決していく内に昔の仲間と再会したりと皆に愛されていくお話。
※コメディ寄りです。
【完結】魔王様、溺愛しすぎです!
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
「パパと結婚する!」
8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!
拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。
シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264)
挿絵★あり
【完結】2021/12/02
※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過
※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過
※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位
※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品
※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24)
※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品
※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品
※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる