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偽りの婚約者

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 翌日の日曜日。恋の父はまだ入院中のため病室での挨拶となっていたのだが。

 恋人がいたことのない恋にはこういうとき父にどう伝えればいいかわからず、「会わせたい人がいる」とだけ告げ事前説明もしていなかった。

 結局のところ、父を騙すことへの罪悪感に苛まれ、肝心なことを言えずにいたのだ。

  そのことを秀に木曜日の夜に話したところ。

「それなら俺が事前に話をつけておくから安心しろ」

 やけに自信たっぷりに放たれた、頼もしい秀の言葉に、恋は不覚にも胸をときめかせた。

 おそらく治療と称した、秀からの本物の婚約者のような激甘な扱いにより、身も心もすっかり慣らされてしまっているからだろう。

 秀の治療が功を奏したのか、男性恐怖症は克服できたのかと思うくらい、あのキス以来何ともない。

 おかげで、全力で気づかないフリを決め込んで、胸の奥底に仕舞い込んでいたはずの想いが、膨れに膨れ、何かの弾みで溢れ出してしまいそうだ。

 ーーそれが怖くてどうしようもない。

 恋はそんな危うさの中にいた。

 そんな恋の心情など置き去りにして、時間は容赦なく過ぎていく。

  そうして迎えた日曜日。

 ネービーのクラシカルな三つ揃いのスーツを品良くパリッと着こなした秀と一緒に父の病室へと赴いたのだった。

 ちなみに本日の恋の装いは、秀が用意してくれた、ふんわりと柔らかなフレアシルエットの、上品なアイボリーのワンピースだ。

 父はふたりの姿を見るなり。

「秀くんに恋、待ってたよ」

 待ち構えてましたとばかりに、喜色満面のほくほく笑顔で出迎えてくれた。

「お父さん、足の具合はどうですか?」
「うん。順調、順調。ほらこの通り、いてッ」

 気遣う秀の声に、嬉しそうにギブスで包まれている右足をバンバン叩いて見せるほどのはしゃぎように、恋が若干引き気味になったほどだ。

「だ、大丈夫ですか?」
「平気、平気、ハハハッ」

 父の話では、秀は、二週間ほど前から、幾度となく父の病室に訪れていたらしい。

 それはちょうど恋と一夜を共にした直後である。

 それにも驚いたが、ふたりがすっかり仲良くなっていたのには、心底吃驚させられた。

 結婚にもふたつ返事で許してもらえた。

 幼い頃に母を亡くして以来、父娘ふたりきりだったことで、結婚する際には猛反対されるものだと思っていただけに、意外な反応だった。

 あたかも以前からの顔馴染みであるかのような、そんな風にあらぬ疑念を抱いてしまうほどに。

 とにもかくにも、両家への挨拶も無事に終えて、結婚式の日取りも来月一月十五日ーー秀の誕生日に親族のみで行われることと決まり、いよいよ結婚が現実のものとなってしまった。

 そんなタイミングで、秀から藤堂家に代々仕えているという執事の青山に引き合わされた。そして。

「ということで、明日から恋さんには、花嫁修業の一環として、秀坊ちゃま専属の医療秘書として、わたくしの指導のもと業務に当たっていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」

 ーー『ということで』ってどういうこと?

 恋が心の声を口にする間もなく、これから花嫁修業の一環として、秀専属の医療秘書として勤務することとなってしまったようだ。

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