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崖っぷちに神様もとい俺様降臨!?

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 勢いを削がれてしまった恋が羞恥に塗れていると、すべてを見透かしたような言葉が降ってくる。

「……なんだ、急に。真っ赤になって。もしかして、昨夜のことでも思い出して、俺のことを意識でもしてるのか?」

 その声に弾かれるようにしてカレンを見遣ると、昨夜目の当たりにした妖艶な色香を放つ姿に魅入られたように身動きがとれなくなる。

 恋は思わずゴクリと喉を鳴らしていた。

 そこに、ゆっくりと鼻先すれすれまで顔を寄せてきたカレンから意味深な言葉が放たれる。

「俺ももうこれ以上自制できそうにないし、ちょうどいい。そんなにベタベタ触らなくても、確かめるいい方法がある」
「いい方法って……」

 まるで悪魔の囁きのような甘やかな響きに操られるようにして、一言返すのが精一杯だ。

 そんな恋のことを優しく包み込むようにして広い胸に抱き寄せた、カレンの甘やかな声音が耳朶を打つ。

「恋は、俺に何もかも委ねていればいい」

 ほうっと魅入られてしまっていた恋は、僅かに身を起こし恋の顔を覗き込むようにして覆い被さってきた、カレンの柔らかな唇により唇を奪われていた。

 ただ互いの柔らかな唇が触れあっているだけだというのに、何とも心地いい。

 ーー昨夜と同じだ。繊細な砂糖菓子のように甘くて今にも蕩けてしまいそう。

 恋がそんなことをぼんやり思っている合間にも、甘やかなキスは徐々に深まってゆく。

 はじめは恋の柔らかな唇の感触を味わうように幾度も啄み、いつしか微かなあわいから熱い舌が差し込まれ、やがて咥内を蹂躙し尽くすかのように、くちゅくちゅと縦横無尽に掻き乱す。

 背筋を甘やかな痺れと一緒にゾクゾクとした不可解な感覚が駆け巡る。

 どんどん深さを増していく濃厚な口づけに思考は蕩かされ、息継ぎさえもままならなくなっていく。

 今にも溺れてしまいそうだ。

 ーー息が苦しい。このまま死んじゃうのかな。

 なんてことが頭を過った刹那。

 どこからともなく湧き上がってくる、得体の知れないものへの不安や恐怖心にも似た感情が恋の頭の中を支配する。

 それらが呼び水となって、忘れかけていた黒い影が忍び寄ってくる。瞬く間に大きな翳りとなって何もかもを覆い尽くしていく。

「ヤダッ、怖い」

 気づいたときには、カレンの胸を必死になって両手で押し返していた。

「クソッ、昨夜は酔ってたせいだったのか」

 カレンの悔しげな低い声音が聞こえたような気がしたが、今はそれどころではない。

 恋は、己を支配しようとする負の感情から何とか逃れようと、目をぎゅっと強く閉ざして、ガタガタと震える身体を縮こめることしかできずにいる。

 しばらくの間、恋はカレンのあたたかな腕に包まれたままでいた。

 そうしているうち、あることに気づく。

 どうしてカレンは、男性恐怖症のことを知っていたのだろうか。助けてもらった際に気づいたのだろうか。

 でもそんなこと一度も話したことなかった気がするんだけど。

 あのときのことを思い出さないように、気を遣ってくれていたからなのだろうか。

 そんなことよりーー。

 確か男性にしか欲情しないって言ってなかったっけ?

 なのに、どうしてこんなことになったんだろう?

 一体全体、これはどういうことなのだろうか。

 身も心もすっかり落ち着いてきて、ようやく思考も正常になってきたようだ。

 次々に浮上してくる疑問が膨れ上がっていく。

 今一番気になるのは、もちろん女装男子であるカレンのことだ。

 一度浮上してしまった疑問は膨張する一方で、そのことしか考えられなくなっていく。

 こうなってしまえば、先ほど同様、他のことは何も見えなくなってしまう。

 猪突猛進という言葉があるが、まさにそれだ。

 イノシシと化した恋はそれらをハッキリさせるべく、カレンの厚い胸板を両手で押しやりつつ疑問の全てをぶつけてしまうのだった。

「ねえ、カレン。どうして私が男性恐怖症だってこと知ってるの? それに前に言ってたよね? 男にしか欲情しないって。なのにどうしてこんなことになっちゃってんの? それから、なにそのTLヒーローさながらの俺様口調は。昨夜なんて俺様通り越して、野獣みたいだったし。ねえ、カレン。どういうことなの?」

 つい数分前まで怖がって半べそかいていた恋の豹変ぶりに、呆気にとられてポカンとしていたカレンだったが、ハッとした途端、たじろぐ様子を見せる。

「あっ、いや、それは、その……。わかった。説明するから落ち着け」

 何とか恋を落ち着けようとしているようだが、及び腰だ。

 昨夜の記憶は曖昧だが、やけに強気な態度だったような気がする。

 そして何より、めちゃくちゃエロかったような気がするが、今は関係ないので触れないでおく。

 口調も俺様そのものだったし、結構強引そうなのに、案外押しには弱いのかもしれない。

 恋は、猪突猛進ながらも、案外冷静にそんなことを分析していた。その結果。

 ーーこれならいける。もう一押!

「ねえ、カレン。どういうことか今すぐ説明して。じゃないと絶交するからッ!」

 恋は、強気な発言を繰り出していた。

 カレンは唖然としたようだったが、すぐに軽い突っ込みを返してくる。

「……絶交って、子供かよ」

 冗談だと捉えられたくなくて、恋はすかさず念を押す。

「本気だからッ!」
「わかった。わかったからとにかく落ち着いてくれ」

 それが功を奏し、あの後シャワーと着替えを済ませた恋は、ホテルの豪華な朝食を堪能しつつ、テーブルを挟んだ真向かいに座るカレンから、諸々の説明を受けているところだ。


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