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親友は女装男子!?
④
しおりを挟む酔っていながらもそこはやはり女。盛大な羞恥に苛まれ、声に出すよりも先に行動に移していた。
だが酔っているためにその動きは非常に緩慢で、それでも何とか今にもはだけてしまいそうだったシャツのあわいを交互させた腕で覆い隠すのが関の山だ。
瞬間、カレンに胸を見られずに済んだとホッと安堵している間もなく、カレンから再度声が降ってきた。
「恋ちゃん。やっと目が覚めたようね。よかったぁ。あっ、そうだ。お水飲んでみる?」
それは、カレンの心底安心したという心情をそのまま体現したような、安堵した表情同様の、やけに気遣わしげな優しい声音だった。
どうやらカレンは先程と同様、思い違いをしているらしい。そうは思いながらも、そんなものはどうでもよくなってくる。
頭の中では思考を繰り広げてはいるが、正真正銘の酔っ払いなのだから無理もない。なので突拍子もないことを思考してしまうのだった。
ーーなんだかお母さんみたい。
まだ覚束ない意識の中で恋はそんな呑気なことを思っていた。
同時に、懐かしい母の記憶までもが呼び起こされる。
だからだろうか。恋は無意識に両手を広げて。
「お水はいらない。目一杯ギュッてして。お願い」
幼い頃、よくそう言って母に甘えていたように、カレンに強請ってしまっていた。
だがまだ完全には覚醒していなかったので、恋にはその自覚など全くない。
母親を物心ついた頃に、ある日突然不慮の事故で亡くしているのもあって、カレンに朧気な母親の記憶を重ねてしまったのだ。
恋にしてみれば、ただ純粋に母に甘えただけのこと。
けれども酔っているせいで、とろんととろけた、薄茶色の円らな瞳を潤ませて、可愛らしい仕草で恋に乞われた、カレンにとってはそうではなかったようで。
煌めく茶髪の、ゆるふわロングのウィッグとマスカラを施した、円らな漆黒の瞳をゆらゆらと揺らめかしつつ、ほんのりと頬を紅潮させ、ゴクリと息を呑むような素振りを見せている。
あたかも何かを必死に堪えているような。どこか危うい雰囲気が漂っている。
悪酔いしてしまっている恋には、まったくもって伝わってはいないが。
そればかりか、もたもたして一向に抱きしめてくれないカレンに対して、無性に焦れったくなってくる。
無意識にムッとしてしまっている恋は、形のいい唇を尖らせ頬をぷっくりと膨らませる。そしてカレンを急かす。
「もう、早くぅ。ギュッてしてよ」
その表情は、だだをこねる幼子のようであるのだが、カレンには、そうは見えていないようだ。
ほんの一瞬の出来事だった。
それまで心配そうに恋の僅かな機微も逃さないというように、気遣わしげに向けられていた眼差しも優しかったはずの表情も霧散してしまう。
代わりに、カレンはずいぶんと男らしい色香を纏った、妖艶な雄の表情へと変化した。同様に、これまで一度も耳にしたことのないような、低く高圧的な声音を響かせる。
「そんな可愛い顔で、しかも無防備に。これまで俺がどれだけ我慢してきたか知りもしないで、無意識に煽りやがって。もう、どうなっても知らないからな」
それまで被っていた、可愛らしい女子の皮を脱ぎ捨てたかのような豹変ぶりだ。
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