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親友は女装男子!?

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 今日は金曜日。待ちに待った週末の夜。一週間仕事を頑張った櫻川恋にとって、唯一の楽しみだといっても過言ではない。

 今宵もいつものように馴染みのBARへと赴いていた。

 平日は、都心でも名医揃いとしても名高い大規模市中病院である、病床数八百を誇る藤花《とうか》総合病院の受付業務を担っている。

 といっても派遣だ。

 だからって手なんか抜いたことはないし、仕事にもやり甲斐を持ってはいるが、それなりにストレスだって溜まる。

 なので息抜きは不可欠だ。

 なぜ平日はと前置きしたかというと。休日の土日に関しては、実家の家業であるフラワーショップ『可憐』の店頭に立って看板娘という役割を担っているからだ。

 看板娘。そんな言葉がもう似合わなくなってきたお年頃だということは、自分自身、重々承知している。

 けれども、実際にそうなのだからここは目を瞑っていてほしい。

 恋は、つい最近二十八を迎えたばかりの、いつ結婚しても不思議ではないアラサー女子である。

 ある事情により、恋が結婚して夫との間に子供をもうけるなど、このままではおそらく無理だろう。

 だからといって、結婚を諦めた訳では断じてない。

 たとえ、これまで生きてきた二十八年間の中で、一度として彼氏ができたことがなかったとしてもだ。

 子供の頃は、絵本の主人公であるシンデレラに憧れたものである。

 いつか、白馬に乗った素敵な王子様が迎えに来てくれるのではないだろうか。

 アラサーの仲間入りを果たしたこの歳になって、さすがにそんな痛いことを夢見ている訳ではいないが。

 それでもいつか素敵な男性と結婚し幸せな家庭を築けたらな。ということくらいは夢に見てはいた。一応女子なのだから当然だろう。

 だがこのままでは、これまで夢見ていたものが泡沫の夢となって、あぶくとともに無残にも霧散してしまいそうだ。

 恋は盛大な溜息を垂れ流すと同時、頭を抱え込んで眼前のカウンターへと突っ伏し項垂れた。

 そうしたら隣で、お高いブランデーが揺蕩う波間に浮かぶクリスタルのように綺麗に削られた球状の氷が煌めくグラスをカランと小気味いい音色を奏でつつ、優雅に傾けていたはずの友人がカウンターにグラスを置く音がして。

 その音が店内に静かに漂っている洋楽に掻き消されるよりも先に、どこからどう見ても女性にしか見えないが女性にしてはいささか節くれ立った、それでも綺麗な手で恋の肩を優しく揺すってくる。

「ちょっと、恋ちゃん。大丈夫? こういうときこそしっかりしなさいよね」

 声音も少々女性にしては低めかもしれない。

 それでも美しさの指針であると言われている、黄金比率で造形されたのかと思うほど均整のとれた、華やかさのある小顔に見合った愛嬌のある可愛らしいものだ。

 以前、女装は趣味だと言っていたし、おそらく地毛ではなくウィッグだとは思う。それでも艶めいた、ブラウンのゆるふわロングの綺麗な髪を無造作に下ろしただけだというのに、アンニュイな雰囲気が漂っている。

 何といっても可愛らしい小顔がより一層引き立って見える。という何とも羨ましすぎる効果だ。

 恋が唯一誇れることといえば、一度も染めたことがないのに、いい具合に茶髪だという点ぐらいだろうか。

 だからといって、カレンを真似てミディアムの髪を伸ばそうなどという気など恋にはサラサラなかった。

 カレンとは元が違いすぎるのだ。

 どこにでもいるような、平凡な容姿の恋がどう足掻いたって足元にも及ばないだろう。

 それは見かけに限ったことではない。服装にしたってそうだ。

 あることがきっかけで、女性として着飾ることをしなくなって、あたかも女として生きることを放棄したかのような、毛ほどの色気もない、いつもお決まりのパンツスタイルのラフな格好をしている恋とは大違いだ。

 隣の彼にチラッと視線を向けてみる。

 透け感のあるフェミニンなシフォン素材の、淡いスモーキーピンクのロング丈ワンピに、長身を考慮しているらしく、低めだが上品なベージュのコーンヒールのパンプス。

 耳元には、なんでも男心を擽る効果があるのだという、シルバーチェーンに小さなクリスタルを連ねた華奢なピアスがゆらゆらと魅惑的に揺らめいている。

 見るからに、蠱惑的ーーという言葉がしっくりとくる愛らしい女性だ。

 女性らしい見かけからしても、落ち着いた所作からしても、この女子力満載な女子が男子だとは誰も思うまい。

 初めて会った際、恋でさえもまさか男だとは思いもしなかったのだから、当然だ。

 そう、彼は、近頃巷で増殖の一途を辿っているという、女装男子だった。

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