同期ドクターの不埒な純愛ラプソディ。

羽村美海

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苦悩と葛藤 〜窪塚視点〜

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 九年という途方に暮れてしまいそうなほど長い間、ずっと恋い焦がれてきた相手である神宮寺鈴。

 色々あったが、念願叶って恋人同士になって早三年。

 その間、セフレだった頃同様に、俺は様々な事で苦悩し葛藤してきた。

 それは、性癖のことだったり、お互いに多忙を極める仕事のことだったり、鈴の元彼である藤堂のことだったり……。

 他にもあげればキリがないほどだ。

 その中でも、やっぱり気になっていたのが、性癖のことだ。

 俺と鈴とは、お互い初めて同士。

 当然鈴には、俺以外の異性との性交渉の経験がない。

 俺だって同じだが、情事の際、俺は無意識に鈴のことを苛めたい衝動に駆られてしまっている。

 それは鈴と初めて関係を持ったときに初めて自覚したことだった。

 そういう性癖のせいで、情事のたびに俺は鈴のことを意地の悪い言葉で攻め立ててしまっている。

 でも幸いなことに、鈴はドSな俺とは真逆のドMのようで、羞恥に塗れ態度と言葉では嫌だと主張しつつも、身体は歓喜するように好反応を示して、いつも呆気なく達してしまう。

 だから俺は、鈴も満足してくれているものだと思い込んでいた。

 プロポーズしOKをもらったあの夜、少々テンションも高まっていて、俺は調子に乗っていたんだと思う。

 自分の中にあんなにも凶暴な一面があったなんて、と驚くほどに、愛おしくてどうしようもないはずの鈴のことを容赦なく攻め立ててしまっていたらしい。

 曖昧なのは、興奮していた余り、その時の記憶が思い出せないせいだ。

 けどあの時に見せた鈴の怒ったような悲しんでいるようななんとも複雑な表情と、ぽろぽろと零していた涙とを目にしてはじめて我を取り戻すことができた。

  そこへ追い打ちをかけるようにして、鈴から放たれた言葉。

『圭は私のことを苛める方が愉しいの? もっと苛めたいとか思っちゃうの?』

『ねえ、どうなの? 結婚するんだったら、そういう性癖だって知っとかなきゃいけないんだし、正直に話して。私も努力したいし』

 胸にグサグサと突き刺さった。ショックでならなかった。

 鈴にとっては、努力しないといけないくらいの耐えがたい事でしかないのかと思ったからだ。

 だから咄嗟に訊きかえしていた。どれほどの抵抗を示すか確かめるためだ。

『努力するってことは、俺が鈴のこと苛めたいって言ったら、苛めさしてくれんの?』

 鈴は一瞬、『やっぱり』というような顔をして、けれど不安なんて微塵も見せまいとしてか、言葉を選びつつ慎重に答えてくれたが、その声は僅かに裏返っていて。

『……い、いいよ。圭がそうしたいって言うんなら』

 それでもなんとか俺に合わせようとしてくれていることが素直に嬉しかった。

 だからあの時誓ったんだ。

 そこまで想ってくれている鈴のためにも、自分の性癖は出来るだけ抑え込もうって。

 できうる限りに、優しくしようって。

 そのはずだったのに……。

 そのあとすぐに再開した情事でも、プロポーズをOKしてもらったという嬉しさから、結局は我を忘れて散々鈴に無理をさせてしまう結果に終わってしまった。

 それだけじゃない。

 記憶は曖昧だが、いつになく積極的に情事に没頭して、俺と分身とを惑わせる鈴のお陰で、俺はずいぶんと興奮していたようだ。

 俺はその時に確信した。

 きっと鈴には自覚がないだけで、相当なドMに違いないと。

 そう確信したものの、あの時の鈴の表情と涙とあの言葉が、今も鮮烈に脳裏と耳とにこびりついていて、離れてくれない。

 そうして事あるごとに思い出してしまうのだった。

 例えば、鈴の両親と対峙したときなどに。

 運良くというか、鈴と親戚だった譲院長の働きかけのお陰で、結婚とシンガポール行きをあっさりと了承してもらったのには本当に吃驚したが。

 それ以上に、鈴の両親の気持ちを思うと、何が何でも鈴のことを幸せにしなければいけない。という気持ちがいっそう強くなった。

 それと同時に、ヘタレな部分が働いて、両親にとって愛してやまない鈴のことをドSな俺のせいで、ドMにしてしまった事に対して申し訳ないという気持ちにもなった。

 もしかしたら、俺じゃなく、藤堂だったら、鈴がドMに目覚めることもなかったんじゃないだろうか。

 そんなことを考えてどうなるんだ。そう思ってしまうようなことを考えもした。

 そんな時だ。

 上級医であり鈴の親戚でもある樹先生に、『結婚の前祝いにおごってやる』そう言って珍しく飲みに誘われたのは。

 確か年が明けてすぐの頃だ。

 その際に、えらくご機嫌だった樹先生がこんなことを言い出した。

『いやー、それにしてもピッタリだよなぁ。ドSの窪塚とドMの鈴が結婚するなんてさぁ。まぁ、俺は、お前らが研修医としてうちに来たときからお似合いだって思ってたし、こうなるって思ってたけどなぁ』

『え? どうしてそんな風に言い切れるんですか? 付き合ってる俺はともかく。いくら親戚でもそんなことわかんないでしょう?』

『バーカ。あーいう普段気が強い奴は、大体はドMだっつの。普段自分がそうしてるように、自分より強いドS嗜好の奴に辛辣な言葉で攻められたいって、欲求を持ってることの表れなんだって。心理学かなんかの論文で読んだことがある気がするから間違いないって』

 ……読んだことがある気がするから間違いない。

 普段の俺なら、そんな不確かな言葉を信じなかっただろう。

『へえ、そういうもんですか。勉強になります』

 けれども結婚へのカウントダウンがはじまって、もう後戻りできない時期だったせいか、俺はその言葉に縋ることにした。

 だからって、鵜呑みにしたわけじゃない。

 色んな事を踏まえた上で、これからの長い結婚生活の中で俺たちなりにいい関係性を築いていけばいい。そう思えるようになったのだ。

 俺がドSであろうと鈴がドMであろうと、そんなことは大した事じゃない。

 俺が愛する鈴のことを大切に想うこの気持ちが大事なんだ。

 その想いを言動で示せばいいだけのこと。

 鈴のことを俺なりに精一杯優しく精一杯愛し抜けばいい、と。

 そんなこんなで迎えた三月二度目の一粒万倍日である本日ーー結婚式当日。

 祭壇の前で待つ俺の元に、父親にエスコートされて歩みを進めてくる鈴の純白のウェディングドレス姿に、俺は視線どころか魂ごと奪われてしまっていた。

 繊細な刺繍の施されたマーメイドラインがどうとか言ってたドレスに身を包んだ鈴は、眩いくらいに輝いて見える。

 それらを言葉で表現するなら、天使か女神か。

 兎に角、この世の者とは思えないほどに綺麗だった。

 ーー速くその純白なドレスを脱がして俺だけのものだということを鈴が許しを請うまで、その綺麗な身体の骨の髄まで嫌というほど容赦なく徹底的に刻み込みたい。

 神聖な場だというのに、不届きな俺の頭に、そんな不埒な思考がチラついていた。

 あんなに苦悩し葛藤してきたというのに、骨の髄までドSな俺はどう足掻いてもドSな本能に抗うことはできないようだ。

 これはきっと、鈴に家族水入らずの時間を少しでも多く過ごしてもらおうと、週末の逢瀬を返上していたお蔭でずっとお預けを食らっていたからに違いない。……多分。

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