同期ドクターの不埒な純愛ラプソディ。

羽村美海

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強い絆

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 シンガポール行きを決めてからというもの、気持ち一つでこうも違ってくるのだと言うことを身をもって実感している。

 シンガポール行きを私のために断ろうとしていた窪塚も、覚悟を決めたせいか、とっても頼もしくなった気がするし。

 つい最近では、藤堂に会ったことで、嫉妬という恋のスパイスもピリッと効いて、お互いの気持ちも再確認できた。

 少々大袈裟かもしれないけれど、もう何があってもふたりの気持ちが揺らぐことはないような気がする。

 ーーたとえ何があろうともお互いを想い合う気持ちさえあれば。

 それはきっと家族にも言えることだと私は思う。

 そんな想いの中、かねてより予定していたうちの両親への挨拶決行の当日ーー十二月十九日を迎えた。

 おそらく譲おじさんから事前にシンガポール行きのことを聞かされていたのだろう。

 数日前から両親、特に父の様子がどこか可笑しかったような気がする。

 どこまで聞かされているかは定かじゃないが、なんとなくよそよそしいというか、落ち着かないというか、物思いに耽っていたというか……。

 兎に角、何かを知っている風だったのは間違いない。

 もう五分もすれば約束の時間である午前十時を迎えようとしていたとき、インターフォンの聞き慣れた軽快なメロディーが響き渡った。

 向かい入れた窪塚は、この日のために父が社長を務めている『YAMATO』で仕立てたという、オーダーメイドのブラックスーツをパリッと着こなしている。

 同じくこの日のために私が見立てた、ネイビーのストライプ柄のネクタイがなんとも爽やかだ。

 見慣れないスーツ姿の窪塚にときめきそうになるのをなんとか耐え凌ぐ。

 窪塚と顔を見合わせると、窪塚は緊張した面持ちをしているが、表情にも眼差しにも不安の色はなく、なんとしても説得してみせるという、強い意思が感じられる。

 頼もしく思いつつ、窪塚としっかりと頷きあってから、両親の待つリビングダイニングへと足を進ませた。

 因みに、窪塚がうちの家へと赴いたのは、交際を申し込んだ時以来だが、弟の駿とは、以前職場で会ったことがあるので、家族全員との面識はある。

 プロポーズされた日から色んなことがあったけれど、こうして決戦の火蓋が落とされたのだった。

 既に面識もあるので挨拶を早々に済ませて、本題に入ろうとしていた矢先。

「本題に入る前に一ついいかな?」

 以前に比べると若干緩んだ気もするが、にこやかに笑みを浮かべている母とは違い、仏頂面でムスッと口を真一文字に引き結んでいる父から普段より少し低めの声音で質問がなされた。

「ど、どうぞ」

 何を言われるのだろうかと、身構えつつも私が先を促すと、父の方から意外な言葉が飛び出して、私も窪塚も呆気にとられる羽目になる。

 父は、「うん」とゆっくりと頷いてから声を放った。

「従兄の譲さんから話は聞いてる。勿論、今回の件だけでなく、ふたりがどんなに仕事に矜持を持って取り組んできたかも」

 そう前置きしてから、これまでのことを語り始める。

 まず、窪塚と付き合い始めてから、実家に戻った私が、とても生き生きとしていて、家族ともよく話すようになったこと。

 以前よりも仕事に一生懸命で、何より内科医として誇りを持って仕事に取り組み、職場でも明るくなったことなどなど……。

 父が事細かに知っていたことに関しては、譲おじさんの口の軽さを呪いたくもなったが、いい方に転がってくれているようなので、目をつぶっておくことにする。

 それらを話したあと、父はまたまた意外な言葉を言い放った。

「私は、大事な娘を『ください』なんて言われても、物のように『はい、どうぞ』なんて言うつもりは毛頭ない。何があろうと、鈴がずっと私たち夫婦の大事な娘であるのは変わらないし、大事な娘がこうしたいと決めたことに口を出すつもりもない。嫌になればすぐに帰ってくればいいだけの話だからね。ただ、娘を泣かせることだけは許さない。そのことをしっかりと肝に銘じておきなさい」

 最後の最後になって、窪塚のことを真っ直ぐに強い眼差しで見据えながら、しっかりと言い放っていた。

「は、はいっ。勿論です。お約束します」

 それに対して窪塚も驚きつつも、しっかりとした口調で即答を返していたけれど。

 未だ半信半疑の私は、狐にでも化かされているような心地だ。

 兎に角、しっかりと確認をとらないことには、安心なんてできない。

 あとになって、結婚を許した覚えはない。なんて言われても堪らない。

「……パパ。それって結婚を許してくれるってこと? シンガポール行きのことも?」

 けれども、それに対して答えてくれたのは、

「悪いが、これからリモート会議があってね。失礼するよ」

いつぞやのように、下手な嘘としか思えない言葉を置き土産に、驚くほどの速さで書斎へ逃げ込むように引っ込んでしまった父ではなく、やれやれといった様子で父の背中を眺めていた母だった。

「折角、挨拶に来てくれたのに、ごめんなさいね」
「ああ、いえ、とんでもないです」
「ママ、どういうこと?」

 母の言葉に恐縮する窪塚の隣で、私は前のめりになって母に迫っていた。

「隼も私も、結婚のこともシンガポール行きのことも反対しないってことよ。安心なさい」
「ホントにホントに、許してくれたってことでいいの?」

 あまりにもあっさりと許してもらえたことで、何度確認しても、信じられなくて、何度も確認してしまう。

「言ってた通りだと思うけど。お決まりの挨拶なんて聞いちゃったら、泣いちゃうじゃない。そんな姿見せたくなかったのよ、きっと。複雑な父親の気持ち察してあげなさい」
「……は、はい」

  ようやく許してもらえたんだと理解でき、返事を返したものの、なんだか夢でも見ているような心地だ。

「隼にとっても私にとっても鈴は大事な娘よ。窪塚君と結婚して、姓が変わってもずっとね。けどだからって、親が子供の人生にまでは口は出せないじゃない。だからね、鈴が決めたことには反対なんてできないってことよ。自分で決めたからには窪塚君のことをしっかり支えて頑張るのよ?」
「……うん、ありがとう」

 そうして最後にそう言ってくれた母の言葉で、両親からもらった言葉に込められた無償の愛に、感極まってしまう。

「窪塚君、至らない娘ですけど、鈴のことお願いしますね」
「あっ、ありがとうございます。鈴さんのこと、絶対に幸せにします」

 母と窪塚とのやり取りをBGMに、これまたいつぞやのようにぽろぽろと大粒の涙の粒を零し始めた私にいち早く気づいた窪塚が、スーツのポケットからハンカチを取り出して優しく拭ってくれている。

 その様子を微笑ましく見遣ってから、静かに立ち上がった母が父のいる書斎へと向かったあとも、しばらくの間動けずにいた。

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