31 / 39
強い絆
しおりを挟むシンガポール行きを決めてからというもの、気持ち一つでこうも違ってくるのだと言うことを身をもって実感している。
シンガポール行きを私のために断ろうとしていた窪塚も、覚悟を決めたせいか、とっても頼もしくなった気がするし。
つい最近では、藤堂に会ったことで、嫉妬という恋のスパイスもピリッと効いて、お互いの気持ちも再確認できた。
少々大袈裟かもしれないけれど、もう何があってもふたりの気持ちが揺らぐことはないような気がする。
ーーたとえ何があろうともお互いを想い合う気持ちさえあれば。
それはきっと家族にも言えることだと私は思う。
そんな想いの中、かねてより予定していたうちの両親への挨拶決行の当日ーー十二月十九日を迎えた。
おそらく譲おじさんから事前にシンガポール行きのことを聞かされていたのだろう。
数日前から両親、特に父の様子がどこか可笑しかったような気がする。
どこまで聞かされているかは定かじゃないが、なんとなくよそよそしいというか、落ち着かないというか、物思いに耽っていたというか……。
兎に角、何かを知っている風だったのは間違いない。
もう五分もすれば約束の時間である午前十時を迎えようとしていたとき、インターフォンの聞き慣れた軽快なメロディーが響き渡った。
向かい入れた窪塚は、この日のために父が社長を務めている『YAMATO』で仕立てたという、オーダーメイドのブラックスーツをパリッと着こなしている。
同じくこの日のために私が見立てた、ネイビーのストライプ柄のネクタイがなんとも爽やかだ。
見慣れないスーツ姿の窪塚にときめきそうになるのをなんとか耐え凌ぐ。
窪塚と顔を見合わせると、窪塚は緊張した面持ちをしているが、表情にも眼差しにも不安の色はなく、なんとしても説得してみせるという、強い意思が感じられる。
頼もしく思いつつ、窪塚としっかりと頷きあってから、両親の待つリビングダイニングへと足を進ませた。
因みに、窪塚がうちの家へと赴いたのは、交際を申し込んだ時以来だが、弟の駿とは、以前職場で会ったことがあるので、家族全員との面識はある。
プロポーズされた日から色んなことがあったけれど、こうして決戦の火蓋が落とされたのだった。
既に面識もあるので挨拶を早々に済ませて、本題に入ろうとしていた矢先。
「本題に入る前に一ついいかな?」
以前に比べると若干緩んだ気もするが、にこやかに笑みを浮かべている母とは違い、仏頂面でムスッと口を真一文字に引き結んでいる父から普段より少し低めの声音で質問がなされた。
「ど、どうぞ」
何を言われるのだろうかと、身構えつつも私が先を促すと、父の方から意外な言葉が飛び出して、私も窪塚も呆気にとられる羽目になる。
父は、「うん」とゆっくりと頷いてから声を放った。
「従兄の譲さんから話は聞いてる。勿論、今回の件だけでなく、ふたりがどんなに仕事に矜持を持って取り組んできたかも」
そう前置きしてから、これまでのことを語り始める。
まず、窪塚と付き合い始めてから、実家に戻った私が、とても生き生きとしていて、家族ともよく話すようになったこと。
以前よりも仕事に一生懸命で、何より内科医として誇りを持って仕事に取り組み、職場でも明るくなったことなどなど……。
父が事細かに知っていたことに関しては、譲おじさんの口の軽さを呪いたくもなったが、いい方に転がってくれているようなので、目をつぶっておくことにする。
それらを話したあと、父はまたまた意外な言葉を言い放った。
「私は、大事な娘を『ください』なんて言われても、物のように『はい、どうぞ』なんて言うつもりは毛頭ない。何があろうと、鈴がずっと私たち夫婦の大事な娘であるのは変わらないし、大事な娘がこうしたいと決めたことに口を出すつもりもない。嫌になればすぐに帰ってくればいいだけの話だからね。ただ、娘を泣かせることだけは許さない。そのことをしっかりと肝に銘じておきなさい」
最後の最後になって、窪塚のことを真っ直ぐに強い眼差しで見据えながら、しっかりと言い放っていた。
「は、はいっ。勿論です。お約束します」
それに対して窪塚も驚きつつも、しっかりとした口調で即答を返していたけれど。
未だ半信半疑の私は、狐にでも化かされているような心地だ。
兎に角、しっかりと確認をとらないことには、安心なんてできない。
あとになって、結婚を許した覚えはない。なんて言われても堪らない。
「……パパ。それって結婚を許してくれるってこと? シンガポール行きのことも?」
けれども、それに対して答えてくれたのは、
「悪いが、これからリモート会議があってね。失礼するよ」
いつぞやのように、下手な嘘としか思えない言葉を置き土産に、驚くほどの速さで書斎へ逃げ込むように引っ込んでしまった父ではなく、やれやれといった様子で父の背中を眺めていた母だった。
「折角、挨拶に来てくれたのに、ごめんなさいね」
「ああ、いえ、とんでもないです」
「ママ、どういうこと?」
母の言葉に恐縮する窪塚の隣で、私は前のめりになって母に迫っていた。
「隼も私も、結婚のこともシンガポール行きのことも反対しないってことよ。安心なさい」
「ホントにホントに、許してくれたってことでいいの?」
あまりにもあっさりと許してもらえたことで、何度確認しても、信じられなくて、何度も確認してしまう。
「言ってた通りだと思うけど。お決まりの挨拶なんて聞いちゃったら、泣いちゃうじゃない。そんな姿見せたくなかったのよ、きっと。複雑な父親の気持ち察してあげなさい」
「……は、はい」
ようやく許してもらえたんだと理解でき、返事を返したものの、なんだか夢でも見ているような心地だ。
「隼にとっても私にとっても鈴は大事な娘よ。窪塚君と結婚して、姓が変わってもずっとね。けどだからって、親が子供の人生にまでは口は出せないじゃない。だからね、鈴が決めたことには反対なんてできないってことよ。自分で決めたからには窪塚君のことをしっかり支えて頑張るのよ?」
「……うん、ありがとう」
そうして最後にそう言ってくれた母の言葉で、両親からもらった言葉に込められた無償の愛に、感極まってしまう。
「窪塚君、至らない娘ですけど、鈴のことお願いしますね」
「あっ、ありがとうございます。鈴さんのこと、絶対に幸せにします」
母と窪塚とのやり取りをBGMに、これまたいつぞやのようにぽろぽろと大粒の涙の粒を零し始めた私にいち早く気づいた窪塚が、スーツのポケットからハンカチを取り出して優しく拭ってくれている。
その様子を微笑ましく見遣ってから、静かに立ち上がった母が父のいる書斎へと向かったあとも、しばらくの間動けずにいた。
0
お気に入りに追加
215
あなたにおすすめの小説
地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!
めーぷる
恋愛
見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。
秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。
呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――
地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。
ちょっとだけ三角関係もあるかも?
・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。
・毎日11時に投稿予定です。
・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。
・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。
独占欲強めな極上エリートに甘く抱き尽くされました
紡木さぼ
恋愛
旧題:婚約破棄されたワケアリ物件だと思っていた会社の先輩が、実は超優良物件でどろどろに溺愛されてしまう社畜の話
平凡な社畜OLの藤井由奈(ふじいゆな)が残業に勤しんでいると、5年付き合った婚約者と破談になったとの噂があるハイスペ先輩柚木紘人(ゆのきひろと)に声をかけられた。
サシ飲みを経て「会社の先輩後輩」から「飲み仲間」へと昇格し、飲み会中に甘い空気が漂い始める。
恋愛がご無沙汰だった由奈は次第に紘人に心惹かれていき、紘人もまた由奈を可愛がっているようで……
元カノとはどうして別れたの?社内恋愛は面倒?紘人は私のことどう思ってる?
社会人ならではのじれったい片思いの果てに晴れて恋人同士になった2人。
「俺、めちゃくちゃ独占欲強いし、ずっと由奈のこと抱き尽くしたいって思ってた」
ハイスペなのは仕事だけではなく、彼のお家で、オフィスで、旅行先で、どろどろに愛されてしまう。
仕事中はあんなに冷静なのに、由奈のことになると少し甘えん坊になってしまう、紘人とらぶらぶ、元カノの登場でハラハラ。
ざまぁ相手は紘人の元カノです。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
契約結婚のはずが、幼馴染の御曹司は溺愛婚をお望みです
紬 祥子(まつやちかこ)
恋愛
旧題:幼なじみと契約結婚しましたが、いつの間にか溺愛婚になっています。
夢破れて帰ってきた故郷で、再会した彼との契約婚の日々。
★第17回恋愛小説大賞(2024年)にて、奨励賞を受賞いたしました!★
☆改題&加筆修正ののち、単行本として刊行されることになりました!☆
※作品のレンタル開始に伴い、旧題で掲載していた本文は2025年2月13日に非公開となりました。
お楽しみくださっていた方々には申し訳ありませんが、何卒ご了承くださいませ。
お酒の席でナンパした相手がまさかの婚約者でした 〜政略結婚のはずだけど、めちゃくちゃ溺愛されてます〜
Adria
恋愛
イタリアに留学し、そのまま就職して楽しい生活を送っていた私は、父からの婚約者を紹介するから帰国しろという言葉を無視し、友人と楽しくお酒を飲んでいた。けれど、そのお酒の場で出会った人はその婚約者で――しかも私を初恋だと言う。
結婚する気のない私と、私を好きすぎて追いかけてきたストーカー気味な彼。
ひょんなことから一緒にイタリアの各地を巡りながら、彼は私が幼少期から抱えていたものを解決してくれた。
気がついた時にはかけがえのない人になっていて――
表紙絵/灰田様
《エブリスタとムーンにも投稿しています》
あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお断りいたします。
汐埼ゆたか
恋愛
旧題:あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお受けいたしかねます。
※現在公開の後半部分は、書籍化前のサイト連載版となっております。
書籍とは設定が異なる部分がありますので、あらかじめご了承ください。
―――――――――――――――――――
ひょんなことから旅行中の学生くんと知り合ったわたし。全然そんなつもりじゃなかったのに、なぜだか一夜を共に……。
傷心中の年下を喰っちゃうなんていい大人のすることじゃない。せめてもの罪滅ぼしと、三日間限定で家に置いてあげた。
―――なのに!
その正体は、ななな、なんと!グループ親会社の役員!しかも御曹司だと!?
恋を諦めたアラサーモブ子と、あふれる愛を注ぎたくて堪らない年下御曹司の溺愛攻防戦☆
「馬鹿だと思うよ自分でも。―――それでもあなたが欲しいんだ」
*・゚♡★♡゚・*:.。奨励賞ありがとうございます 。.:*・゚♡★♡゚・*
▶Attention
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

忘れたとは言わせない。〜エリートドクターと再会したら、溺愛が始まりました〜
青花美来
恋愛
「……三年前、一緒に寝た間柄だろ?」
三年前のあの一夜のことは、もう過去のことのはずなのに。
一夜の過ちとして、もう忘れたはずなのに。
「忘れたとは言わせねぇぞ?」
偶然再会したら、心も身体も翻弄されてしまって。
「……今度こそ、逃がすつもりも離すつもりもねぇから」
その溺愛からは、もう逃れられない。
*第16回恋愛小説大賞奨励賞受賞しました*
恋とキスは背伸びして
葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員
成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長
年齢差 9歳
身長差 22㎝
役職 雲泥の差
この違い、恋愛には大きな壁?
そして同期の卓の存在
異性の親友は成立する?
数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの
二人の恋の物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる