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互いの想い #2
しおりを挟む再び場所を小会議室に移して、頑なな態度を崩そうとしない窪塚のことを説得しているところだ。
しつこく食い下がる私に対して、窪塚ははじめ、やんわりと宥めようとしてくれていた。
けれど、シンガポールに『行く』『行かない』を巡って平行線の一途を辿っていて、決着なんて永遠に付きそうにない。
いつも優しい窪塚もさすがにこのままでは埒があかないと思ったのだろう。
いつもの些か粗暴な物言いに拍車がかかり、怒気を含んだ低い声音が小会議室に轟いた。
「だから、なんでわかってくれねーんだよッ! 結婚したら、俺は鈴のことを幸せにしなくちゃいけねーんだよ。なのに、家族の反対押し切って、仕事もなんもかも捨てさせて、連れて行けるわけねーじゃんッ!」
確かに窪塚の気持ちだってわかる。
わかるけど、それじゃあ窪塚の幸せはどうなるの?
私のことを幸せにすることが窪塚の幸せってこと?
そんなの可笑しい。
私は窪塚と結婚したからって、窪塚に幸せにしてもらいたい、なんてこと、これっぽっちも思っちゃいない。
窪塚と一緒に、これまでのように、ちょっとしたことで笑い合ったり、些細なことで喧嘩して、言い合って仲直りしてって言うように、ただ一緒にいたいだけだ。
もちろん楽しいことばっかりじゃないと思う。
今こうして、シンガポール行きのことで言い合っているように、思い悩むこともあるに違いない。
私だって、不安が全くない訳じゃない。
心配性の父を説得できるかもわからないし、仕事に未練がないっていったら嘘になる。
でもそんなこといってたら、それこそ埒があかない。
ただハッキリと言えるのは、窪塚がこれからも、これまでのように脳外科医として頂点を極めたいと思うなら、この話はまたとないチャンスだということ。
おそらくこれを逃したら次はないだろう。
窪塚だってわかっているはずだ。わかっているから、思い悩んでいたのだろう。
私とシンガポール行きを天秤にかけて、私のことを選んでくれたことは、これ以上にないくらいに嬉しいことだ。
でも窪塚が私のことを幸せにしたいと思ってくれているのと同じくらい、私だって窪塚には幸せになって欲しいと思ってる。
それに医者なんて、知識と技術さえ持っていれば、どこででもやっていける。
自慢じゃないけど、医者になれたくらいだ。英語の成績だってよかったし、今まではただ必要性がなかっただけで、その気になればすぐにマスターできるはずだ。
それは窪塚だって同じはず。
否、もしかしたら、脳外科医として頂点を極めようと思っているくらいなんだから、とっくにマスターしてるのかもしれない。
だったら、やっぱり今大事なのはお互いの気持ちだ。
さっき、皐さんの話してたときに、気づかせてもらったように。
お互いの気持ちさえ揺らがなければ、どうとでもなることだと思う。
ーーううん、なんとかしてみせる。
窪塚のことを説得していく中で、色んなことが蠢いていた頭の中が整理され、一番大事なことが浮かび上がってきた。
未だ悩み続けているのか、疲れたような表情で私のことを見遣っている窪塚に真っ向から向かい合って、自分の思いの丈を紡ぎ出す。
きっと窪塚になら伝わるはずだ。そう信じて。
「私は別に圭に幸せにしてもらおうなんてこと、これっぽっちも思ってない。仕事だってそう。捨てるんじゃない。向こうで続ける。それに、パパのことだって、頭から反対されるって決めつけてるけど、そんなの説得すればいいことじゃない。それに、私は圭が脳外科医として頑張る姿が好きなの。だからお願い、連れてって。失望させないで。一番大事なのは、お互いの気持ちでしょ? ふたいりだったらなんでもできそうだし。ね? 圭、そうしよ」
そうしたら眼前の窪塚がはっと息を呑むような素振りを見せた。
伝わったんだろうか。途端に不安になってきて、胸の鼓動がドクドクと騒ぎ始める。
妙な緊張感に苛まれそうになっていた私の身体は、端正な顔をぐにゃりと歪ませた窪塚によって、いつもの如く、ぎゅうぎゅうに胸に抱き寄せられていた。
「……樹先生の言うとおり、俺、鈴に一生頭あがんねーんだろな」
抱き寄せられた窪塚の胸を通して窪塚の要領を得ない言葉が体温とともにじんわり伝わってくる。
意味がさっぱりわからなくて、首を傾げつつ訪ねてみる。
「何よ? どういうこと?」
「鈴が着いててくれたら俺は無敵だってことだよ。この調子で親父さんのことも説得してみせるからさ、大船に乗った気でいろよな。絶対後悔なんかさせねーからさ」
感極まってでもいるのか、微かに震えた声で、けれどしっかりと宣言してくれた。
どうやら私の気持ちはちゃんと伝わってくれているようだ。
「あったりまえでしょ」
「ああ、そうだな」
安堵してほろりときそうになった。
泣くのを堪えたために可愛くないものしか返せない私に、やっぱり震えた声で噛みしめるように答えてくれた窪塚は、もう何があっても迷ったりしないという誓いを立てるように強く強く抱きしめてくれていた。
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