拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

羽村美海

文字の大きさ
上 下
110 / 111
✱番外編✱パティシエールと王子様

♯12

しおりを挟む

 鮫島さんの運転するいつもの黒塗りの高級車に揺られること数十分。

 前方にパティスリー藤倉の店舗が姿を現してすぐ、予め到着時間を知らせてあったため、伯母夫婦と恭平兄ちゃんとが既に駐車場の入り口で待ってくれている姿が視界に飛び込んできた途端。

 前回来てからまだ一週間ほどしか経っていないというのに、もう何年も会っていなかったかのように、ひどく懐かしさを覚えてしまった私の目頭がじんと熱くなってきて、気づけば私は涙ぐんでしまっていた。

 きっと、この一週間という短期間の間に色々なことがあったことと、なんの心の準備もないままに創さんのことを追いかけてロサンゼルスにまで行ったことで、母が亡くなってからは母親代わりだった伯母にも、父親のことを知らずに育った私にとっては父親代わりだった伯父にも、兄のような存在だった恭平兄ちゃんにも、きちんとお別れもないままだったせいだろうと思う。

 最低でも一年は会えないだろうと思っていたのだから、余計だ。

 その感情のなかには、寂しいという気持ちは含まれていたかもしれないが、後ろ向きな考えなどは一切なかった。

 けれど創さんには、そうは見えていなかったらしい。

 私が涙ぐんでいることに気づいたらしい、後部座席で隣りあっている創さんが自身の膝の上でしっかりと繋ぎあっている私の手をもう片方でそうっと包み込んできて。

 気づいた私が創さんのほうに目を向けると、とても不安げな表情のイケメンフェイスが待っていて、胸がキュッと締め付けられる心地がした。

 そこへ、創さんの優しい声音が囁きかけてくる。

「……菜々子、家族と離れるのが辛いなら、こっちに残っていてもいいんだぞ? 月に一度くらいなら帰ってこられると思うし」

 思いもしなかった創さんの言葉に面食らってしまったけれど、いつもこうやって私にとって何がいいかを考えてくれることはとっても嬉しい。

 けれども、今回のことがあったことで、創さんのことをどんなに好きであるかを想い知ったし。

 また、創さんが私のことをどんなに大事に想ってくれているかも、知ることができた。

 結果、創さんへの想いはこの一週間の間にもみるみる膨らんで、今では創さんと一瞬たりとも離れるなんてこと、考えられないし。考えたくもないーー。

 そんな想いでいた私は、いつしか零れてしまった涙もそのままに、シートベルトを素早く解除し、創さんの胸に勢い任せに飛び込むようにして抱きついてしまっていた。

 このときほど、小柄な体型でよかったと思ったことはないかもしれない。

「ちょっと感激して泣いちゃっただけだから、そんなこと言わないでください。私は、もう一秒だって創さんと離れるなんてこと考えられないんですから。創さんが嫌だって言っても絶対に離れませんから」

 すると、創さんははじめこそ吃驚してしまっていたのかフリーズしたままだったけれど、すぐに、私のことを抱き竦めてくれて。

「俺も。俺も一緒だ。もう菜々子と離れることなんてできないし、そんなこと考えたくもない。断言する。嫌だなんて思うことなど絶対にない。一生一緒だ」

 車内には、鮫島さんも菱沼さんも、(見えないだけできっと愛梨さんだって)いると思うけれど、そんなことなど一切気にもとめずに、なんとも情熱的に甘い言葉を紡いでくれていた。

 さすがに、桜小路家の面々の前では控えてくれてはいたけれど、そんな溺愛モードの創さんの言動に、この一週間というもの、すっかりと感化されてしまっているらしい私も、夢見心地で創さんの背中に両腕をめいっぱい伸ばして抱きついてしまっていて。

 しばらくの間、バカップルと化してしまっていた。

 数時間前、ロサンゼルスから帰ってきたばかりの私たちの言動に驚きを隠さないどころか、若干引き気味だった菱沼さんも、今じゃすっかり慣れてしまったようで、何も言わずに、終始ニコニコ笑顔を絶やさない鮫島さんの隣で空気と化してくれていたようだ。

 けれども、空気を読むことのできない愛梨さんは、そんなことなど気にしないとばかりに、というか、おそらく何にも考えていないのだろう。

【キャー! ふたりともすっかりバカップルになっちゃってぇ。若いっていいわねぇ】

 愛梨さんはいつものようにはしゃぎまくっていたようだったけれど、創さんに感化されてしまっている私は、そんなことももうどうでもよくなってしまうほど、ふたりの世界にどっぷりと浸ってしまっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

そこは優しい悪魔の腕の中

真木
恋愛
極道の義兄に引き取られ、守られて育った遥花。檻のような愛情に囲まれていても、彼女は恋をしてしまった。悪いひとたちだけの、恋物語。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~

けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。 ただ… トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。 誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。 いや…もう女子と言える年齢ではない。 キラキラドキドキした恋愛はしたい… 結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。 最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。 彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して… そんな人が、 『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』 だなんて、私を指名してくれて… そして… スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、 『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』 って、誘われた… いったい私に何が起こっているの? パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子… たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。 誰かを思いっきり好きになって… 甘えてみても…いいですか? ※after story別作品で公開中(同じタイトル)

警察官は今日も宴会ではっちゃける

饕餮
恋愛
居酒屋に勤める私に降りかかった災難。普段はとても真面目なのに、酔うと変態になる警察官に絡まれることだった。 そんな彼に告白されて――。 居酒屋の店員と捜査一課の警察官の、とある日常を切り取った恋になるかも知れない(?)お話。 ★下品な言葉が出てきます。苦手な方はご注意ください。 ★この物語はフィクションです。実在の団体及び登場人物とは一切関係ありません。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

処理中です...