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✱番外編✱パティシエールと王子様
♯11
しおりを挟むと、そこまで考えていたところで、ふと、さっきまで脳天気な明るい声を炸裂していた愛梨さんがえらく静かになってしまっていることに気づいて。
ーーあっ、いっけない。
愛梨さんにとっては嬉しいことばかりじゃないはずなのに、私ってばうっかりしてた。
長年のわだかまりが解けたことは非常に喜ばしいことではあるけれど、それは同時に、愛梨さんにとって大事な存在であるであろう、ご当主と創さんが自分ではなく、後妻の菖蒲さんと仲睦まじい家族になるということであり。
それはとてつもなく辛いことであるに違いない。
愛梨さんの姿は実態がないため確かめようがないが、もしかすると、私が今こうして考えている間にも、泣いているかもしれない。
そんな愛梨さんの前で手放しで喜んでいいはずがない。
うっかり者の上に加えて、いくら余裕がない状態だったとはいえ、なんともデリカシーの欠片もないことをしてしまった。
ーーど、どうしよう。
愛梨さん、黙り込んじゃってるけど。大丈夫かなぁ。
いよいよ心配になってきて、さっきとはまた違った意味で、オロオロし始めた私の元に、どういうわけか愛梨さんの思いの外明るい声音が届いた。
【菜々子ちゃんは本当に素直で優しいわねぇ。でも、大丈夫よ。そんなに気に病むことはないわぁ】
(……で、でも)
なんとか返した言葉も、とても頼りないものになってしまった。
愛梨さんのことを思えば、どうにも切なくて、泣きたくなってしまったせいだ。
それでも、ここで私が泣いてしまうのは違う気がして、なんとか堪えようとしても、うまくいかない。
ぐっと奥歯をか噛みしめて耐えしのぐことしかできないでいる。
すると愛梨さんは、やっぱり明るい声音で実にあっけらかんと、事もなげに言うのだ。
【まぁ、確かに。死んじゃってるとはいえ、私の代わりに菖蒲さんという人が創一郎さんの隣で幸せそうにしているのを見るのはいい気がしないわねぇ】
けれど、口調とは裏腹に思っていた通りの言葉が返ってきて。
ーーやっぱり、そうだよね。辛いよねぇ。私ってばデリカシーがないにもほどがある。
猛烈に自分のやらかしを悔いていたところに、再び愛梨さんの明るい声音が割り込んでくるのだった。
【でも、創一郎さんと創が幸せそうにしてくれていることのほうが、私にとっては重要なの。それにね、菖蒲さんは今でも私の位牌に毎朝欠かさず手を合わせてくれているの。私だったらそんなこと絶対できないわ。だからそれで充分……なんて言ったら嘘になるけど。それも生きている間だけのことよ】
ーーん? それってどういう意味?
愛梨さんの声に耳を傾けつつ、その言葉の真意が掴めず首を傾げながらも、真意を確かめようと愛梨さんの話に耳を集中させていると。
【私はこうして死んでからも創一郎さんや創の傍にいられるんですもの。それ以上望んだらバチが当たるわぁ。ってことで、私はそこまで落ち込んでないから気にしないで。菜々子ちゃんは自分のことだけを考えてくれなきゃ困るわぁ。これは、創の母親として、そして菜々子ちゃんにとって二人目の母親としてのお願いなんだから、聞いてくれなきゃ泣いちゃうんだからぁ。それに、ほら。創が心配してるわ。だから元気出して。ね?】
もうこの世には存在しない、幽霊となってしまっている愛梨さんだからこそ言える言葉が出てきて。
それはきっと、いいや、絶対に、愛梨さんへの気遣いを怠ってしまった私がそのことで自分を責めないように、敢えてそういう言い方をしてくれたに違いない。
けれども、ここで、私がずっと後悔していたり、メソメソしていたりすると、愛梨さんの優しさが無駄になってしまう。
ーーここは素直に愛梨さんのご厚意に甘えておいた方が賢明だ。
ようやくそう思えるようになって、愛梨さんの言葉で促されるままに創さんに視線をやると、とっても心配そうな創さんのイケメンフェイスが待ち構えていて。
私が慌てて、ぎこちないながらもにっこりと微笑んで見せると、創さんもようやくホッとしたように極甘の蕩けるような笑顔を向けてくれた。
もうそれだけで、さっきまでのことなどスッカリ忘れて、幸せ一色ピンク色に染まりきっていて、自分でも単純だなとは思うけれど、本当に幸せなんだからどうしようもない。
そうしてまたしばらくの間、和やかな雰囲気のなか桜小路家の面々と楽しいひとときを過ごして、今度は伯母夫婦と恭平兄ちゃんの待つパティスリー藤倉へと向かうこととなった。
勿論、幽霊である愛梨さんも一緒だ。
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