拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

羽村美海

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✱番外編✱パティシエールと王子様

♯10

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 胸中で頭を抱えて絶賛オロオロ状態だった私に見かねたのか、創さんが実に忌々しげに「そういう親父こそ」そう言ってきたかと思っている間にも。

 ご当主に向けて苦言を呈している創さんの姿を横目に捉えた私が、なんとかこの場を凌げるかと様子を窺っていると。

「いくら可愛げのない息子しかいないからって。ことあるごとにこうやって菜々子に構うのはやめて欲しいもんだな。そうでないと、菜々子がどう反応したらいいか困ってるじゃないかよ。ったく、年甲斐もなくみっともないのはどっちだよ」

 親子とはいえ、ご当主に対して喧嘩腰にしか聞こえない物言いの創さんに、今度は違った意味でハラハラしてきて、心がざわついて落ち着かない。

  心なしか、さっきまで和やかムード一色だったはずの大広間の雰囲気が、どんよりと重苦しいモノになってしまったような気がしてくる。

 長年のわだかまりがようやく解けたというのに、これじゃ元の木阿弥になりかねない。

 ーーどうにかしなければ。

 そうは思いつつも、焦った頭でいくら考えてみたって、一体どうすればいいのやら、まったくもって思い浮かばない。

  私はますます焦るばかりだった。

 そこへ、またまた明るい愛梨さんの暢気な明るい声音が意識に割り込んできて。

【ふふっ。菜々子ちゃん。そんなに心配しなくても大丈夫よ】

 そうは言われても、創さんは相変わらずイケメンフェイスを忌々しげに歪ませているものだから安心などできるわけもなく。

(いやいや、愛梨さん。全然、大丈夫そうに見えないんですけど)

 愛梨さんに向けて頭の中でそう念じてみたところ。

【あら、そんなことないわぁ。今までと違って、創も創一郎さんもとっても楽しそうなんですもの。ほら、ね?】

 またまた愛梨さんから『何を根拠にそんな無責任なことを』と思っちゃうくらい脳天気な声が返ってきて、半信半疑の私が創さんとご当主の双方に視線をやったと同時に、今度はご当主よりあっけらかんとした明るい声音が放たれた。

「ハハッ。そんなこと言われても、こればっかりはしょうがないじゃないかぁ。どんなに可愛げのない息子であろうと、親にとったらいつまでたっても、目に入れても痛くも痒くもないくらいに可愛い子供には違いないんだからなぁ。まぁ、創も、そのうち親になったら分かるようになるさ。それまでは、いつでもこうして顔を見せに帰ってきてほしい。そのためにも息子にとって大事なお嫁さんとも仲良くしないといけないんだし、これくらいは大目に見てくれないと困るなぁ。それでなくともしばらくは会えないんだし……」

 けれども、その声がだんだんと寂しげなものへとなっていき、最後には穏やかな口調でしみじみとした声音を放ったご当主が寂しそうに眇めた目尻に涙を滲ませている。
 
 それを目の当たりにしてしまった私まで目頭が熱くなってきてしまい、思わず涙ぐんでしまってて。

 急にしんみりとしてしまったこの場の雰囲気を払拭するかのようにして、今度は創さんから安定の不機嫌ボイスが放たれた。

「なんだよ、急に。親父が変なこと言うから周りまでしんみりしてるだろ。こういうときこそ当主らしくしてくれよな。まったく、これだから年寄りは。やっぱもう道隆さんにあとのことを任せて隠居した方がいいんじゃないか?」

 けれども、いつもと違って、言葉の端々に優しさが滲み出ているというか、言葉とは裏腹に。

 親父にはいつまでも元気でいてもらわないと困るーーそういう想いが込められているように聞こえた。

 実際には、創さん自身でないから本当のところはどう思っているかなんて確かめようがないのだけれど、私には確かにそう聞こえたのだ。

 そのことを裏付けるようにして。

「ようやく身を落ち着ける気になったと思ったら、今度は親を年寄り扱いするとは、本当に我が息子ながらに呆れ果ててものも言えないなぁ。愚息を持つと苦労するよ。こんな息子に次期当主なんてまだまだ譲れないから、長生きしないとなぁ」

 冗談めかしてそういったご当主は私と創さんを優しい眼差しで見やってから、同じように涙ぐんでいる奥様の菖蒲さんととっても幸せそうに微笑みあっている。

 そうして周囲を見渡せば、道隆さんも貴子さんも同様にご当主らに貰い泣きしつつも微笑みあっていて、創太さんに至っては頭をポリポリと掻きつつもなんだか嬉しそう。

 愛梨さんの言うように、本当に大丈夫なようだ。

 長年、すれ違ってわだかまりがあったとは言え、元々は血を分けた親子なんだし。

 それに、これまでだって、お互い見て見ぬふりをしていた根底には、『嫌われたくない』という想いがあったからこそ、すれ違ってしまったに違いない。

 お互いが歩み寄って、根っこの大事な部分で繋がりあっている今となっては、何があっても揺るぎようがないのかもしれない。

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