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✱番外編✱パティシエールと王子様
#5
しおりを挟む残念ながら、今ここには愛梨さんが居ないので、再度確認をとることは叶わない。
けれど、何度聞きかえしてみたところで、きっと愛梨さんからの答えは変わることはないのだろう。
私がうっかりしていただけで、ちょっと考えれば分かることだ。
愛梨さんが創さんに幽霊になった自分の存在を秘密にしておきたいっていうのには……
ーー悲しいお別れは一度でたくさん。もう二度と悲しい想いをさせたくない。
きっと、そういう想いがあるからなのだろう。
空港に向かう車の中で、もうすぐ成仏するだろうからと、私にお別れをしていたくらいだ。
幽霊となってしまった自分自身でさえも、一体いつまでこの世に存在できるかも分からないのだ。
そんな状態で、創さんに自分の存在を明かせる訳がないーー。
いくら幼い頃だとはいえ、大好きな母親とのお別れはとても辛くて悲しいことだったに違いない。
ずっと母親の面影をカメ吉に重ねて、手放せなかったくらいなのだから。
うっかり者である私がそのことにようやく思い至った頃合いで、とっても心配そうな創さんの声が思考に割り込んできた。
「……菜々子? さっきからというか、向こうを発つ前から、少し様子が違ってた気がするが……。やっぱり初めてのフライトでずいぶん疲れてるんじゃないのか?」
お陰で、一人考えに耽っていた私はハッとし。
ーーいっけない。今は目の前に居る創さんに集中しなければ。
慌てて、依然私のことを背後からスッポリと包み込んでくれている創さんの方へと振り返れば、とっても心配そうな創さんの視線と私のそれとがかち合った。
それに伴い、さっき創さんに言ってもらった言葉の数々が鮮明に蘇ってくる。
今になってその時に感じた嬉しさが時間差で効いてきて、あたたかなものがじわじわと込み上げてくる。
やっぱり大好きな人からもらったモノは、言葉であろうとなんであろうと特別なモノらしい。
どんなモノよりも威力が凄まじいようだ。
そこに、愛梨さんの想いとが合わさって、なんとも言えない、堪らない心持ちになってくる。
今すぐ、創さんのことをぎゅっと抱きしめたくなって、もういてもたってもいられなくなってきた。
ーーあー、もうダメだ。
創さんへの愛おしい想いと愛梨さんの想いとが、ない交ぜになって、どんどんどんどん溢れてきて、もう止まりそうにない。
「創さんッ!」
感極まってしまった私は、飛び上がるような勢いで背後に振り返り、驚いて瞠目したままでいる創さんにガバッと抱きついてしまっていた。
「大好きですッ! 私、ずっとずっと傍に居ますから。創さんもずっとずっと傍に居てくださいね? 約束ですよ?」
そんな私の口から飛び出してきたモノは、小さな子供が放ったようなモノで、それでもきっと創さんには伝わってくれるだろう。
そのことを証明でもするかのように、突飛な行動に出た私の身体を驚きつつも、しっかりと抱き留めてくれた創さんが、
「あぁ、約束する。もう一生、菜々子の傍から離れたりしない。死ぬまでずっと一緒だ。俺も菜々子のことが大好きだ。愛してる」
そう言いながら、さっきよりも強い力でぎゅぎゅうっと抱きしめ返してくれている。
互いに誓い合った言葉を互いの身体に刻み込むように、また、こうしてこれまでのように一緒に居られるという喜びを噛みしめるようにして、一頻り強く強く抱きしめ合ったままでいた。
そうしてしばらくして、ようやく気持ちが落ち着いてからも離れがたくて、創さんの胸に頬をくっつけたままでいると、「菜々子」と、不意に創さんに呼ばれて、顔を向けるとやけに真剣な面持ちをした創さんのイケメンフェイスが待っていて。
ーーなんだろう?
なんて、小首を傾げつつ暢気に構えていたところに。
「ビジネススクールが始まるまでにまだ一月あまり時間があるから、一度日本に戻って、結婚して正式に夫婦になってから、こっちに戻って来ないか? もちろん、菜々子が良かったらなんだが。どうだろう?」
創さんから、思いがけない、プロポーズともとれる言葉が投げかけられた。
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