拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

羽村美海

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#93 父として ⑵

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――なんだ。そういうことだったんだ。

 創さんみたいに王子様のような素敵な人が平々凡々を絵に描いたような私のことを好きになってくれるなんて、おかしいと思ったんだ。

 あの時、あの咲姫さんらしき、私によく似た女の子の写真を伏せたのは、そのことが私にバレてしまわないようにわざと隠しただけで、父親のことで気落ちしてしまってた私のことを気遣ってくれたからじゃなかったんだ。

 それを自分のためだなんて勝手に思い込んじゃってたなんて。

――バカみたい。

 この一週間、夢なんじゃないかってくらい、あんなに幸せだったのが嘘だったかのように、悲しみ一色に塗りつぶされてしまった私の心の中はもはや真っ黒だ。

 正座した膝の上で爪が食い込むほどに強く握りしめた拳が小刻みに震え始めて、そこへポトリと大粒の雫が落ちてきた。

――泣くもんか!

 そう思って、ぐっと奥歯を噛みしめて踏ん張ろうとしても、それは留まるどころかドンドン降ってきて、まるで土砂降りのよう。

 土砂降りのように雨粒の降り注ぐ絶望の中で佇んで濡れ鼠と化している私の耳に、今度は相変わらず沈痛の面持ちをしたご当主から声が届いた。

「確かに、最初は身代わりにするつもりだったらしい。だけど、『帝都ホテル』でパティシエールとして働いている菜々子ちゃんを見て、一目惚れしてしまったらしいんだ。それに気づいたのはちょうど一月ほど前のことだったらしいんだけど、菜々子ちゃんが従兄である恭平さんのことを好きだと気づいた後だったらしいんだ」

  今度はなんだろうと思いつつそこまで聞いて、思いがけない言葉に突き当たってしまい。

――ん? ちょっ、ちょっと待って。

 確かに、人質になれと言い渡された時、事故の前から知ってた風な口ぶりだったけど、一目惚れってどういうこと?

 それから今、恭平兄ちゃんのことを私が好きだと気づいた後って、言わなかった?

 それって、もしかしてあの時の誤解がまだ解けてなかったってこと?

 土砂降りの如く降り注いでいた涙もピタッとやんで、私の頭の中にたくさんのクエスチョンマークが飛び交い始めた。

 けれど、そんな私の心情など知る由もないご当主の話はまだ終わらない。

「色恋に疎い菜々子ちゃんの気持ちを混乱させるようなことをして悪かったって、創もひどく反省していてね。これ以上混乱させてはいけないからって、菜々子ちゃんのことはキッパリと諦めて、潔く身を引くことにしたらしいんだ」

 ここまで聞いて、いくらうっかり者の私でも、ようやく合点がいった。

  やっぱり創さんは、私が恭平兄ちゃんのことを好きだとずっと誤解したままだったんだ。

 そのことで、色恋に疎い私が創さんのことを好きだと思い込み、それを自分のせいだと思い込んでしまった創さんは、私が恭平兄ちゃんのことを好きな気持ちに気づけるように、私のことを実家である『パティスリー藤倉』に返すことにしたんだ。

 心根の優しい創さんのことだから、おそらく、咲姫さんの身代わりにしようとした自分のことを責めてもいたのだろう。

 そうしてそのことを父親から聞かされた私が幻滅するとでも思ったのかもしれない。

――何勘違いしちゃってるの? バカバカバカッ! 訊いてくれればよかったのに!

 心の中で創さんに盛大な悪態をつきながらも、いままで様子のおかしかった創さんの言動の数々が次々に蘇ってきて。

 ――どうしてあの時、気づいてあげられなかったんだろう?

 いつもいつもあんなに傍に居たのに。大好きな人のことなのに。

 否、好きな人のことだからこそ、分からなくなったり、怖くて訊けないこともある。

 だって、好きな人と一緒に居たら、緊張したり、舞い上がったりして、いつもいつも冷静でなんていられない。

 そうだった私と同じように、創さんだって、そうだったから、こんなことになってるに違いない。

 それだけ私のことを想ってくれていたということなんだろう。

――【どんなことがあっても創のことを信じてあげて欲しいの】

 ちょうどそこへ不意に愛理さんに言われた言葉が浮かんできた。

 おそらく、愛梨さんはそのことに気づいてたんだ。

 ここにきて、愛梨さんの言葉にふたたび後押ししてもらうこととなった。

 そこへまたまたご当主の声が割り込んできて。

「こんなこというと、親馬鹿だって思われるかもしれないし、身勝手な親だって思われるかもしれないけど。

創は小さい頃から嘘のつけない不器用なところがある心根の優しい子でね。菜々子ちゃんへの気持ちは嘘じゃないってことだけは信じてやって欲しい。

それから、菜々子ちゃんが幸せになれるよう心から願っているとも言って――」

 このままだと、どこまでもどこまでも続いてしまいそうなご当主の話を黙って聞いていられなくなった私は、大きな声を放って、話の腰をぶった切っていた。

「ちょっと待ってくださいッ! 全部誤解ですッ! 確かに、私は恭平兄ちゃんのことは好きですけど。それは、本当のお兄ちゃんみたいに好きって意味です。ただそれだけです。私が好きになったのは後にも先にもただひとり、創さんだけです」

 まさか、さっきまで泣いてた私がそんなことを言うとは思ってもいなかったのだろう。

 ご当主を始め、道隆さん、伯母夫婦、恭平兄ちゃんもただただ呆然として、私のことを穴があくんじゃないかってくらい凝視したままでいる。

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