拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

羽村美海

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#78 誤算まみれの恋情〜創視点〜 ⑴

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 菜々子がやっと俺のことを好きだと自覚してくれて、全てがうまくいく、そう思い喜んでいられたのも、ほんの一瞬のことだった。

 菜々子がまだ入院中だった頃、『パティスリー藤倉』に何度か出向いたが、歓迎ムードの伯母夫婦とは違い、その頃から俺は従兄によく思われてなかったように思う。

――けどまさか、二人が想いあっていたとはな。

 否、そんなに驚くことでもないか。

 小さい頃から従姉の咲姫と姉弟のように育って、自然な成り行きで好きになってしまってた自分がそうだったように、ごくごく自然なことだったんだろう。

 けど、今の今まで誰も好きになったことのなかった菜々子にしてみれば、先に好きだと自覚した俺への気持ちと、その直後に知ることになった、本当の気持ち――従兄への気持ちとに戸惑うのも無理はない。

 それに幼い物心ついた頃から今まで、従兄との間で築きあげてきたモノを思うと、それを壊してしまうのが怖いという気持ちも理解できる。

 俺だって従姉を好きだったんだ。そういう気持ちは痛いほどよく分かる。

 まぁ、俺の場合は、五歳で母親を亡くした寂しさを歳の離れた従姉に甘えることで補っていた、というのが正しいかもしれないが。

 それでもあの頃はそれなりに真剣だったと思う。

 それまでの関係を壊すのが怖くて、長年好きだった従姉に、大学を卒業したら気持ちを伝えようと思っていたくらいだ。

 結局は、伝える前に結婚が決まり、弟としてしか見てももらえず終いだった。

 桜小路家のため(おそらく父親(道隆)に駒として)政略結婚させられるというのに、相手の男にずっと片思いしてて、その結婚を心底喜んで嬉し涙を流す姿をただ眺めていることしかできなかった俺とは違う。

――だからこそキッパリ菜々子のことは諦めようと思ったのに、どうしてもできなかった。

 一人に戻るのが怖かったっていう気持ちもあったけれど、そんなことよりも、菜々子への想いが膨らみすぎてしまってて、どうしても手放すことができなかったのだ。

 こんなはずじゃなかったのに、一体どこから間違ったっていうんだ?

――否、もういい。今更済んだことを悔やんだところで何も変わらない。

 菜々子が従兄への気持ちをどうして諦めようと思ったかは分からないし。

 色恋に疎い菜々子のことだから、もしかすると、ただ単純に、自分の本当の気持ちに気づいていないだけなのかもしれない。

 どっちにしろ、俺の傍に居ることを選んでくれた。

 今の時点では、従兄には敵わないかもしれないが、これからも傍に居れば、情だってわくだろうし。

――いつか俺だけのことを好きになってくれるかもしれない。

 そうは思っていたが、まさかこんなに早く受け入れてもらえるとは思わなかった。

 昨夜は正直自分の耳を疑ったけれど、自分の想いが少しでも伝わったんだとしたら、こんなに悦ばしいことはない。

 まだ一月ほどしか一緒には暮らしていないが、俺が少しずつ菜々子に惹かれていったように、菜々子もそうだったのかと思うと、それだけで胸を熱くした。

――短い期間だったがそういうモノを築くことができたんだから、これからだって少しずつ築きあげていけばいい。

 そう思ったから、菜々子のことを自分のモノにしたというのに。

 今、俺の目の前に居るこの男は、俺から菜々子を引き離そうとしている。

 さっき俺に言った言葉に嘘偽りがないというなら、自分の娘である菜々子のことを本当に心配しているのかもしれない。

 ……が、しかし、昨日の様子を見る限り、菜々子のことを案じているというよりも己の保身しか頭にないとしか、俺には思えなかった。

 それに加え、菜々子の存在を知り、子供の頃の咲姫に瓜二つだった菜々子の写真を見た、あの時、未だに咲姫への未練が燻り続けていた俺は、菜々子を身代わりにしようと企てたのも事実だ。

 咲姫の名前を出されてすぐに突き返せなかったのには、そういう後ろめたさがあったからだが。

――菜々子にこれ以上辛い想いをさせたくない。

 という気持ちのほうが大半を占めていた。

「……フンッ、そんな昔のガキの頃の話をいつまでも持ち出されては困りますね」
「けど、君が咲姫のことを姉以上に慕っていたのは確かだろう?」
「まだいいますか? 埒が明きませんね。ハッキリ言っておきますが、あなたに何を言われようと耳を貸すつもりもないし。予定通り菜々子と結婚しますので、どうぞお引取りください。菱沼、お帰りだ」
「今日のところは引き下がるが、いい返事が聞けるまで何度でも伺うからね」
「何度ご足労頂いたところで、応じるつもりもないし、本人に会わせるつもりもないので、お好きなように」
「なら、好きにさせてもらうよ」

 伯母の夫であり菜々子の父親であるあの男が見送りの菱沼を伴いようやく部屋から出ていってから、溜息をついた俺は初めて菜々子のことを目にした日のことを思い返していた。

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