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#75 王子様と至福のひととき
しおりを挟むだだっ広い主寝室のこれまた大きなキングサイズのベッドで眠る私の瞼の裏がほんのりとあたたかみのある淡い光に照らされて、深い眠りに落ちていた意識が徐々に覚醒してゆく。
淡い光の正体は、大きな窓を覆い隠しているカーテンの僅かな隙間から射し込んでくる陽光。今日も五月の季節に相応しい晴天に恵まれていることを知らせてくれている。
朝から元気なお日様のお陰で、いつものようにアラームが起きる時刻を告げるよりも少しだけ早く目覚めてしまった私は、これまたいつものように「う~ん」と大きな伸びをしてからスマートフォンに手を伸ばした。
ところが、私がスマートフォンを手にする前に、背後からチビである私の身体が創さんにスッポリと包み込まれたせいで、爽やかな朝を迎えつつあった私の頭が瞬時に覚醒してしまい。
昨夜、初めて好きになった創さんの本物の婚約者になって、処女も捧げて、晴れて身も心も創さんのモノにしてもらった。
その、あれこれを鮮明に思い出してしまったために、私は面白いくらいに真っ赤になって狼狽えてしまっているところだ。
「////……ええっ!? ちょ、ちょっと待ってくださいッ」
けれども、私のことをこんな目に遭わせている張本人である創さんは、毎朝の如く私のことを抱き枕のようにぎゅうと抱きしめながら……。
「菜々子」
昨夜のあれこれを彷彿とさせるようななんとも甘い声音で私の名前を一度だけ、愛おしげに呼んだきり、また夢の中へと誘われてしまったようだった。
――なんだ。寝ぼけてただけか。
昨夜、処女でなくなったばかりだし、別に期待していた訳じゃないけれど、ホッとしたようなちょっとだけ残念なような、いや、正直、物凄くガッカリしてしまっている。
はしたない心情を抱いてしまった自分に恥ずかしさを覚えつつ、胸はキュンと切ない音を奏でていて。
私の首筋に寝顔を埋めて気持ちよさげに穏やかな寝息を立てている創さんのイケメンフェイスにそうっと自分の顔を寄せてチュッと軽く口づけてしまっていた。
――夢じゃないんだ。これからは本物の婚約者として、大好きな創さんとずっとずっと一緒に居られるんだ。
そう思っただけで、胸の奥からあたたかなモノが満ちてきて、たちまち私の胸を熱くする。
昨夜の創さんは、いつにも増して優しかったし、私の言動に一喜一憂する創さんのことが愛おしくて仕方なかった。
私のことを怖がらせたと思ってしまったらしい時には。
『……あっ、いや、別に、怖がらせるつもりはなかったんだ。勿論、菜々子が嫌なら無理強いするつもりもない。だから正直に言ってくれ』
優しい言葉で、処女である私のことを気遣ってくれたし。
いざこれからって時になって、色気の皆無な下着のことを気にして、私が中断しようとした際にも。
『これでもう何も案じることはないだろう? あぁ、心配しなくても、俺は大きくて品のない胸より、菜々子のような慎ましく可愛げのある胸の方が好きだから安心しろ』
創さんらしい言葉でもって、私のコンプレックスだった貧相な身体のこともフォローしてくれたりもした。
創さんがいつにも増して慎重だったことからも、処女である私のことを大事に気遣ってくれていたのは一目瞭然。
そしてその都度その都度、私の胸はキュンキュンとときめいて、創さんへの想いは、より一層強まっていった。
時折、これまでのような強引さがヒョッコリ顔を出したり、意地悪なことを言って羞恥を煽られもしたし。
『どうした? さっきまであんなにはずかしそうにしていたのに。そんなに身体をくねらせて、足までモゾモゾさせて、そんなに気持ちいいか?』
『……気持ちぃ……くて、おかしく……なっちゃい、そぅ』
『この俺がもっともっとよくしてやる。もっともっとよくしておかしくしてやる。他のヤツのことなんて、この俺がキレイさっぱり取っ払ってやる』
余裕なんて与えてもらえなかったから、創さんに言われた言葉を拾うことができなかったことも一度や二度じゃない。
『でも、まだまだだな。僅かな痛みも感じないようになるまで、この俺が今からたっぷりと解してやるから安心しろ』
時には、優しい声音とは真逆の、容赦のない言葉でも責め立てられることもあった。
でもそれは、
『……めいっぱい優しくするつもりだったのに、我を忘れて、手加減してやれず悪かった』
創さんのこの言葉からも分かるように、我を忘れて、私との行為に没頭してくれていたからだったようだし。
――創さんはやっぱりちょっと普通の人とは感覚がずれてしまっているのかもしれない。
そうは思いつつも、メチャクチャ嬉しかった――。
あぁ、そういえば……。そのせいで私が泣いちゃった時には。
『そ、そんなに泣くほど嫌だったのか? そりゃそうだよな? 処女なんだもんな。悪かった。もう乱暴なことはしないから泣き止んでくれないか? 頼む、菜々子。この通り許してほしい』
創さんてば勘違いして、謝ってくるなり、私をベッドに寝かせて布団まで被せて、添い寝すると、そのまま私を寝かせようともしてたんだっけ。
でも私が嫌じゃなかったことと中断されても困ると抗議すれば。
『……最後までって……あっ、あぁ、そうか。確かに、そんな状態で放置されたら辛いよなぁ』
すぐにどういう状態かも察してくれたし。
『俺だって他人のことはいえないしな』
創さんも中断なんてできない状態だというのも理解できたものの。
どうしてそうなるのかが噛み砕けなかったものだから、グイグイ創さんに迫ってしまったりもした。
『言っときますけど、はぐらかすのはなしですからッ』
『……わ、分かった。ちゃんと教えるからちょっと待ってくれ』
お陰で創さんから一勝を勝ち取ることもできた。その上。
『面と向かって言いにくいからこのままで聞いてろ』
なんて言ってきて、説明する間ずっと、恥ずかしいのか、私の顔を胸に抱き寄せて自分の顔を見られないようにしていたり。
『……女が身体を触れられると興奮して気持ちが昂ぶるのと同じで、男は女の身体を見たり、感じて喘ぐ姿や声に興奮して、もっとよくしてやりたいと思うし。自分だけのモノにしたいと欲情して元気になるものだ。だからこうなってるし、菜々子と一緒でもう中断なんてできない』
私の貧相な身体に興奮し欲情してくれたことが嬉しくて、創さんの顔を拝んでおこうと説明が終わらないうちから顔を上げ、創さんのイケメンフェイスを凝視してたら。
『分かったらもういいだろう? あんまりじろじろ見るな。男はデリケートなんだからな。そんなに興味津々に見られると萎える』
恥ずかしそうにしているメチャクチャレアな創さんの姿にお目にかかることもできた。
そんなこともあって、少々調子にのってしまい。
『なら、私が触れたら、もっともっと元気になってくれますか?』
処女らしからぬ暴走を繰り出してしまったけれど。
『処女のクセに調子に乗るな。さっき、何もせずに俺のことだけ感じてろって言っただろ? 処女なら処女らしく黙って俺に抱かれてろ』
私の暴走が功を奏したのか、いつもの調子を取り戻したと創さんによって、あっという間に組み敷かれ、俺様口調とは裏腹な優しい甘やかなキスの嵐のなか、天国にでも居るような幸せな心地で、無事に創さんのモノになることができた。
昨夜のあれこれを思い浮かべて、創さんにもらった様々な言葉を反芻しては、創さんのモノになれたこの幸せを噛みしめるという至福の一時を味わっている。
――あぁ、なんて贅沢な時間なんだろう。
まさか、こんな夢のような時間が訪れるなんて、あの事故に遭って、病院で目覚めた時には、夢にも思わなかったし。
人質にされてしまった時には、事故で死んじゃえばよかったとさえ思っていたのに。
――あの事故で死ななくて本当によかったぁ。
心底そう思いながら、大好きな創さんのぬくもりをすぐ傍で感じつつ、創さんの少し幼く見える寝顔と至福の一時を独り占めしていたのだった。
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