拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

羽村美海

文字の大きさ
上 下
69 / 111

#68 王子様の切なくも甘いキス ⑴

しおりを挟む
 師走の町。どこでもそうだがこの東都浅草寺界隈も特に赤い色が街を包んでいた。

 東都のクリスマスは乾いた冬の寒空の下にあった。その下町の商店街を歩いてみれば、どこか忙しげに歩く人にせかされるように歩みが速くなるのを誠は感じていた。

 そればかりではなく誠には周りの男性陣からの痛い視線が突き立っていた。

 豊川ではいつものことだが、かなめとアメリアが妙な緊張関係を保ちながら歩いている。二人とも黙っているのは地元で何度か恥ずかしい目にあったからと言うのがその理由だった。

 お互いに冷やかしあっているうちに、周りを忘れて怒鳴りあいになって、人だかりに取り残される。そう言う失敗を繰り返して二人も少しばかり学習していた。そしてそうなると、いつの間にか野次馬の中にカウラに手を引かれた誠がいたりするのだから、二人とも黙って一定の距離を保って歩くのはいつものことだった。

 東都浅草寺の門前町で客の数が豊川駅前商店街の比ではないアーケード街で恥をかく必要も無い。誠はそんな二人をちらちらと横に見ながら先頭をうれしそうに歩く母に付き従った。

「よう!誠君じゃないか!久しぶりだね!」 

 そう声をかけてきたのはなじみの八百屋のおやじだった。誠は頭を掻きながら立ち止まる。名前は忘れたが高校時代の野球部の先輩の実家だったことが思い出される。

「薫さんも今日もおきれいで」 

「本当にお上手なんだから!」 

 薫はニコニコしながら八百屋の前で立ち止まる。

「この人達、美人でしょ?なんでも誠の上司の方達なんですって。凄いわよねえ」 

 確かにエメラルドグリーンのポニーテールのカウラと紺色の長い髪をなびかせているアメリアは明らかに人目を引く姿だった。確かに二人に比べれば黒いおかっぱ頭のようなかなめは目立たなかったが、その上品そうなタレ目の色気に通行人の何割かが振り返るような有様だった。

「えーと、誠君は確か軍に入ったんだよな……陸軍だっけ?宇宙軍だっけ?」 

「同盟司法局です」 

 たずねられたので誠はつい答えてしまった。そのとたんにおやじの顔が渋い面に変わった。

「ああ、この前官庁街で化け物相手にアサルト・モジュール戦やった……」 

 予想はしていた答えである。任務上、出動は常に被害を最小限に抑える為の行動ばかりである司法実力機関の宿命とはいえ、同情するようなおやじの視線には誠も少し参っていた。そんな男達を無視するように母は店頭に並ぶ品物を眺めている。

「白菜……ちょっと高いんじゃないの?」 

 そう言いながら薫はみずみずしい色をたたえている白菜を手に取る。思わず苦笑いをしながらおやじは講釈を始めた。

「薫さん今年はどこも雨不足でねえ……量が少ないんですよ。でも太陽は一杯ですから。味のほうは保障しますよ」 

 薫は手にした白菜を誠の隣で珍しそうに店内を眺めていたカウラに手渡した。寮ではほとんど料理を任されることの無いカウラはおっかなびっくり白菜を受け取ってじっと眺める。

「ああ、お姉さんの髪は染めたんじゃないんだねえ……素敵な色で」 

「ああ、ありがとう」 

 人造人間と出会うことなどほとんど無い東和の市民らしく、見慣れない緑色の髪の女性に戸惑うおやじ。それを見ると対抗するように後ろから出てきたアメリアがカウラから白菜を奪い取る。

「おじさん。これいくらかしら?」 

 そう言うアメリアのわき腹を肘で突いたかなめが白菜の置かれていた山の前にある値札を指差す。一瞬はっとするものの、アメリアは開き直ったように得意の流し目でおやじを見つめる。

「お姉さんもきれいな髪の色で……青?」 

 ピクリとアメリアの米神が動くのを誠は見逃さなかった。

「紺色、濃紺。綺麗でしょ?」 

「色目使ってまけさせようってか?品がねえなあ」 

 そう言ってかなめが笑う。だがまるで無視するように、カウラと同じくほとんど野菜などに手を触れたことがないと言うのに切り口などを丹念に見つめているアメリアがそこにいた。

「まあねえ、まけたいのは山々だけど……」 

 おやじがためらっているのは店の奥のおかみさんの視線が気になるからだろう。あきらめたアメリアは手にした白菜を薫に返した。

「じゃあ、にんじんとジャガイモ。皆さんどちらも大丈夫?」 

「好き嫌いは無いのがとりえですから」 

 カウラの言葉にアメリアが大きくうなづく。だが、かなめの表情は冴えない。

「ああ、かなめさんはにんじん嫌いだっけ?」 

「ピーマンだ!にんじんなら食える」 

「ならいいじゃないの」 

 いつものようにアメリアにからかわれてかなめはむくれる。そんな二人のやり取りを見て笑いながらおやじはジャガイモとにんじんを袋につめる。

「じゃあ、おまけでこれ。いつもお世話になってるんで」 

 奥から出てきたおかみさんが瓶をおやじに手渡す。仕方がないというようにおやじは袋にそれを入れた。

「今年漬けたラッキョウがようやくおいしくなって。うちじゃあ二人で食べるには多すぎるから」 

 誠はこうして比べてみるといつも自分の母が異常に若いことに気がつかされる。いつもすっぴんで化粧をすることが珍しい薫だが、ファンデーションを塗りたくったおかみさんよりもかなり整った肌をしていることがすぐにわかる。

「良いんですか?いつも、ありがとうございます」 

 薫がそう言って笑うのに微笑むおやじをおかみさんが小突いた。たぶんおやじも誠と同じことを考えていたのだろう。それを思うと誠はつい噴出してしまいたくなる。

「毎度あり!」 

 そう叫んだおやじに微笑を残して薫は八百屋を後にする。

「でも……お母さん、何を作るのですか?」 

「薫さんはオメエのお袋じゃねえだろ?」 

「良いじゃないの!」 

 揉めるアメリアとかなめに薫は立ち止まって振り返る。彼女は笑顔でまず手にしたにんじんの袋をアメリアに手渡す。

「まずこれはスティック状に切って野菜スティックにするの。昨日、お隣さんからセロリと大根もらってるからそれも同じ形に切ってもろ味を付けて食べるのよ」 

 その言葉に思わずかなめが口に手を当てた。誠ははっと気がついてうれしそうな母親とかなめを見比べる。かなめの額には義体の代謝機能が発動して脂汗がにじんでいた。

「そうか、西園寺はセロリも苦手だったな」 

 かなめの反応を楽しむようにカウラが笑顔で薫に説明した。

 その様子をかなめは不機嫌そうに見ていた。だが次の瞬間に誠達の腕につけていた携帯端末が着信を告げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~

けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。 私は密かに先生に「憧れ」ていた。 でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。 そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。 久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。 まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。 しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて… ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆… 様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。 『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』 「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。 気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて… ねえ、この出会いに何か意味はあるの? 本当に…「奇跡」なの? それとも… 晴月グループ LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長 晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳 × LUNA BLUホテル東京ベイ ウエディングプランナー 優木 里桜(ゆうき りお) 25歳 うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~

けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。 ただ… トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。 誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。 いや…もう女子と言える年齢ではない。 キラキラドキドキした恋愛はしたい… 結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。 最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。 彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して… そんな人が、 『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』 だなんて、私を指名してくれて… そして… スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、 『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』 って、誘われた… いったい私に何が起こっているの? パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子… たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。 誰かを思いっきり好きになって… 甘えてみても…いいですか? ※after story別作品で公開中(同じタイトル)

そこは優しい悪魔の腕の中

真木
恋愛
極道の義兄に引き取られ、守られて育った遥花。檻のような愛情に囲まれていても、彼女は恋をしてしまった。悪いひとたちだけの、恋物語。

ケダモノ、148円ナリ

菱沼あゆ
恋愛
 ケダモノを148円で買いました――。   「結婚するんだ」  大好きな従兄の顕人の結婚に衝撃を受けた明日実は、たまたま、そこに居たイケメンを捕まえ、 「私っ、この方と結婚するんですっ!」 と言ってしまう。  ところが、そのイケメン、貴継は、かつて道で出会ったケダモノだった。  貴継は、顕人にすべてをバラすと明日実を脅し、ちゃっかり、明日実の家に居座ってしまうのだが――。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

処理中です...