拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

羽村美海

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#64 思わぬアクシデント ⑵

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 伯母夫婦に祝福モード一色で出迎えてもらって、創さんとの結婚に向けてのあれこれを話していたのに、思わぬストップがかかりあんなに和やかだったはずの場の雰囲気は一変。

 派手な音を立てて転倒した椅子もそのままに、なんとも重苦しい雰囲気が漂っている。

 ふわふわと夢見心地だった私の心もたちまち急降下。ズシンと一気に地中深くに沈み込んでしまったかのようだ。

 そこにいつも底抜けに明るい佐和子伯母さんの明るい笑い声と、朗らかな声音が響き渡った。

「もう、やだわぁ、恭平ったら。いくら妹同然の菜々子がお嫁に行くのが寂しいからって。そんなに目くじら立てないの。いつでも会えるんだから。ね?」

 それに倣うようにして、恭一伯父さんもできうる限りの明るい声音を放ち。

「そうだぞ、恭平。お前もいい大人なんだ。菜々子に先越されたからって、そんなに拗ねるなよ」 

 最後には豪快に笑い飛ばしつつ、隣で仁王立ち状態の恭平兄ちゃんの背中をバチンッと手で豪快に叩いて宥めることで、なんとかこの場の空気を変えようとしてくれている。

 ところが、恭平兄ちゃんは、怒った表情を緩めることなく。

「なんだよ、親父まで。最初はあんなに反対してたクセに、コロッと騙されやがって。菜々子もいくら色恋に疎いからって騙されてんじゃねーよッ!」

 さっきと同様の物凄い剣幕で捲し立ててきて、その瞬間、私の頬に生ぬるいものが伝う感触がして、咄嗟に指を宛がってみると、それは涙で、自分が泣いていることにそこで初めて気がついた。

 すると、それを目の当たりにした恭平兄ちゃんがハッとしたような表情を一瞬だけ見せたけれど。

「と、とにかく、俺は反対だからなッ!」
「おいッ! 恭平」

 思い切るようにして声を放つと、恭一伯父さんの声も無視して、言い逃げるようにいてリビングから出て行ってしまったのだった。

 これまでも時折、恭平兄ちゃんと父親である恭一伯父さんとは、男同士というのもあって、意見の食い違いや仕事のことなどで、対立することもままあった。

  こんなこと一度や二度じゃない。

  私が物心ついた頃から家族同然にここで育ってきて、幾度となく目にしてきた光景だ。

 けれどそういう時には決まって、最後にはどちらかが折れたり、さっきのように宥めたりして、仲直りしていたものだ。

 でもさっきの様な態度は、その時のどれにも当てはまらない。

 恭平兄ちゃんがあんなにも怒っている姿を見るのは初めてだった。

 それになにより、私とは年が五つ離れていたこともあってか、恭平兄ちゃんはいつも優しくて、こんな風に私に対して怒ったことなど一度としてなかった。それなのに……。

 だから驚くと同時に、ショックでならなかった。

 物心ついた頃から、本当の兄妹のように育ってきた恭平兄ちゃんに、創さんとの結婚を反対されてしまったことで私はかなりのダメージを受けてしまっていたようだ。

 だからしばし心ここにあらずの状態に陥ってしまっていた。

「みっともないところをお見せしてしまって、すみません」
「……いえ」
「恭平もああ言った手前、今は何を言っても無駄でしょうし。ここは私たちに任せてください。ちゃんと説得しておきますので」
「……はい、どうぞよろしくお願いいたします」
「菜々子もそんな顔しないの」
「……うん」
「ほんとに困ったヤツだよなぁ、いい歳して。すみませんねぇ、創さん」
「……いいえ、とんでもない」

 伯母夫婦と創さんが話すのを尻目に、しばらく生返事を返すことしかできずにいたけれど。

「大丈夫か? 菜々子?」
「やっぱりちょっと話してきますッ」

 ずっと私の頬の涙をハンカチでそうっと優しく拭ってくれていた隣の席の創さんから気遣ってもらって、そこでやっと我を取り戻した私は、このままじゃいけないという一心で、恭平兄ちゃんの部屋へと駆けだしてしまっていた。

 そこまではよかったけのだけれど、恭平兄ちゃんの部屋のある二階へ行くため、階段を勢いよく一気に駆け上がったのがいけなかった。

 うっかり者の私は、あと一段というところで足を踏み外してしまったのだ。

「うわぁ!?」
「危ないッ!」

 そのまま階段から真っ逆さまに転げ落ちる、そう覚悟した私が瞼を閉ざした刹那、後を追ってきてくれてたらしい創さんの腕に抱きとめられて難を逃れることができて。

「おい、大丈夫か!?」
「……はっ、はい」

 ホッとしているところに、創さん同様に後を追ってきてたらしい佐和子伯母さんが現れ。

「もう、菜々子は相変わらずおっちょこちょいなんだからッ! 創さんが居てくれたから良かったけど。もしも大怪我なんてしてたら愛子に顔向けできなくなるでしょう? 分かったら恭平のことは私達に任せて、菜々子は自分のことだけ心配してなさい!」

 子供の頃以来じゃないかってくらいの大目玉を食らってしまい。

 結局私は、恭平兄ちゃんとは話せないまま藤倉家をあとにすることとなった。

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