51 / 111
#50 思いがけないこと
しおりを挟むそれは、ドアが全て開け放たれる寸前のこと。
緊張マックスで膝の上でワンピースの生地をギュッと握ったまま固まっている私の手が、突如創さんの手によってふわりと優しく包み込まれた。
途端に、触れあっている創さんの大きな手からあたたかなぬくもりが伝わってくる。
ただそれだけのことなのに、創さんの優しさまでがぬくもりと一緒に伝わってくるようだ。
緊張感に支配されて凝り固まっていた心までが、あたかも雪解けのようにじわじわと解れてゆく。
極度の緊張感で押しつぶされそうだった胸までが、あたたかなもので満たされてゆく。
これもきっと、ご当主や周りの人の目を欺くためなんだろう。
そんなこと充分理解しているつもりだ。
それなのに……。
桜小路さんは尚も耳元で。
「当主なんて言っても、ただのハゲ親父《オヤジ》だから安心しろ。俺が全部フォローする。お前は返事だけしてろ。ほら、分かったらさっさと前を向け」
いつも私のことを面白おかしく茶化す声で囁いてきて、最後には、顎で前を見ろと促してきた。
どれもこれも、全部全部、私が何かをやらかさないように、言葉同様にフォローしてくれているに過ぎない。
そんなの嫌ってくらい分かりきってることなのに……。
間際になって、不意打ちを食らってしまった私の胸は、またまたキュンと鳴っちゃうし、なにより心強くてとっても安心できる。
今の今まで自分の気持ちがよく分からなかったけれど、これはきっと、もう恋に堕ちちゃってるんだろう。
だって、好きという気持ちがどういうものか知りたくて、この前読んだ少女コミックのヒロインとまったく同じ反応だった。
そうじゃないと説明がつかない。
そう思った瞬間、正面のドアが開け放たれて。
「いやぁ、待たせてすまなかったねぇ」
落ち着きのある穏やかな声音でそう言いつつ現れた、ご当主らしき五十代のスラリと背の高い男性の姿(正確には頭)に、私の視線は釘付け状態だ。
何故なら、ご当主は創さんによく似た俗にいうイケオジで、ちっとも禿げてなどなかったからだ。
――ま、まさか、カツラ!? ええッ!?
ご当主が登場しておよそ数十秒ほどだったと思う。
ご当主が創さんと私の元にスタスタと歩み寄ってきて、私と対峙し両手を差し出してくるまでの間。
私はずーっとご当主の頭頂部ばかりに気をとられていた。
「藤倉菜々子さん、初めまして。創の父の創一郎《そういちろう》です。どうぞよろしく」
「……」
そんな私は、ご当主に握手を求められても、ポカンとしたまま無反応という、なんとも失礼極まりない有様だ。
そこへすぐに、隣の創さんがここぞとばかりにフォローしてくれて、事なきを得たのだけれど……。
「こら、菜々子。俺と父親がよく似てるからって、そんなに見てたら妬けるだろ。もう、それぐらいにしておけ」
「創、そう拗ねなくてもいいじゃないか。嫉妬深い男は嫌われるぞ。ねぇ? 菜々子ちゃん」
「////……へ!?」
「親父、菜々子に気安く触んないでほしいんだけど」
「ただの握手じゃないか、そう怒るな。いやぁ、それにしても安心したよ。創がようやく身を固める気になってくれて。それにその分だと、可愛い孫にもすぐに会えそうだしねぇ」
「……まだ顔合わせしたばかりだろ。あんまり急かさないでくれよ」
「ハハッ、分かった、分かった」
「……ほんとかよ」
天下の桜小路グループのご当主だから、もっとこう、とっつきにくくて、威厳のある怖い人なのかと思っていたのに、そのイメージはものの見事に覆されてしまった。
ご当主がとても気さくな方で良かったけれど、あまりにも気さくすぎて、拍子抜けだ。
すぐに『ちゃん』付けで呼ぶところなんて、愛梨さんにそっくりだし。
突如浮上したカツラ疑惑が解決しないまま、ご当主にずっと熱烈な握手をお見舞いされてしまっている。
そればかりか、孫まで催促されるという猛攻撃に、私は真っ赤になって縮こまっていることしかできないでいる。
そこへ、ご当主の後に続いて入ってきていたらしい、奥様の菖蒲《あやめ》さんのツンとした声が会話に割り込むように響き渡った。
「創一郎さん。貴子お義姉様も道隆お義兄様も、もうお見えになってるようですし。そろそろ」
――どうやら、いよいよラスボスの登場のようだ。
そう思って、気を引き締めにかかった私の耳元で、
「言っとくがカツラじゃないぞ。正真正銘、地毛だ。ハゲる家系じゃないから安心しろ」
いつものからかい口調でそう言ってくるなり、創さんは、私だけに見えるように、したり顔をチラリと覗かせた。
さっきの、あの『ハゲ親父』発言は、私の緊張を解すためのものだったらしい。
創さんは、まんまと騙された私のビックリ眼を満足そうに見やると、素知らぬ顔で私のことをエスコートし、大広間に向かうご当主の後に続いたのだった。
0
お気に入りに追加
292
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
契約妻ですが極甘御曹司の執愛に溺れそうです
冬野まゆ
恋愛
経営難に陥った実家の酒造を救うため、最悪の縁談を受けてしまったOLの千春。そんな彼女を助けてくれたのは、密かに思いを寄せていた大企業の御曹司・涼弥だった。結婚に関する面倒事を避けたい彼から、援助と引き換えの契約結婚を提案された千春は、藁にも縋る思いでそれを了承する。しかし旧知の仲とはいえ、本来なら結ばれるはずのない雲の上の人。たとえ愛されなくても彼の良き妻になろうと決意する千春だったが……「可愛い千春。もっと俺のことだけ考えて」いざ始まった新婚生活は至れり尽くせりの溺愛の日々で!? 拗らせ両片思い夫婦の、じれじれすれ違いラブ!
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる