拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

羽村美海

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#40 王子様の優しいキス

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――どうしよう。このままだと、心臓が止まっちゃいそうなんだけど。

 なんてことを案じている私は、只今絶賛、桜小路さんの腕の中で生命の危機に瀕している真っ最中である。

 といっても、誰にも分かってはもらえないだろうから、説明すると……。

 桜小路さんと仲直りするため、服とコンポートのお礼を告げた際。

 何故かワンピース姿の私を捉えた刹那、桜小路さんは酷く驚いたように目を見張ったまま、あたかも石のように固まってしまった。

――絶句しちゃうほど、似合ってないってことなのかな。

 桜小路さんのリアクションに、なんだかいたたまれない気持ちになってくる。

 けれどそれはほんの一瞬のことだった。

 すぐにハッと我に返った桜小路さんから、

『……あぁ、いや。俺の方こそ、怒ったりして悪かった』

服に関しての感想は一切なかったものの、謝ってもらえて、なんとか仲直りできて一件落着。

 その後は、いつもの調子に戻った桜小路さんから、前日同様、『食べさせろ』とでも言われるかと思いきや、全く逆のことを言い渡されたのだった。

 つまり、『食べさせてやるからここに座れ』そう言われたのである。

 『ここ』とは、勿論桜小路さんの膝の上だ。

 桜小路さんからすると、どうやらお詫びのつもりらしい。

 私にしてみれば、ただの嫌がらせにしか思えないのだが、それを言ってしまえば、また機嫌を損ねるだけだろう。

 喉元まで出かかっていた抗議の言葉はすぐに飲みこんで、早々に諦めの境地に到達していた。

 着慣れないワンピースということで、昨日よりも緊張感も羞恥も上回っていた私は、ええいっと思い切るようにして桜小路さんの足に跨がったのだった。

 裾が捲れずに済んだことに安堵したのも束の間。

 昨日と同様に、慣れた手つきで腰を抱き寄せた桜小路さんから唐突に、

『もしかして泣いたのか?』

問いかけられた言葉に、今度は私が驚く番だった。

 まさかそんなことを訊かれるなんて思わなかったものだから、すぐに返事もできずにいたのだが。

 それをどうやら勘違いしてしまったらしい桜小路さんから、申し訳なさそうな表情を向けられ。

『俺が怒ったせいで泣かせてしまったのなら悪かった』

 いつになくシュンとした頼りない声音が聞こえてきた。

 どういうわけか、その声に反応するように、私の胸はキュンと切ない音色を奏でるのだった。

 ちょうどそのタイミングで、桜小路さんに指でそうっと涙の跡が残っているのだろう頬を優しくなぞるようにして撫でられてしまい、その心地よさにうっとりしてしまうのだった。

 そのため、そこにすーと鼻先まで近づいてきた桜小路さんの超どアップのイケメンフェイスに驚くよりも釘付けになっていて。

 そうしてそのまま自然な流れで、桜小路さんに頬にそうっと優しく口づけられてしまっていたのだった。

 そのことに気づいた途端に、桜小路さんに口づけられているところから徐々に熱くなってきて、そこから全身に熱が及んで、火照った身体が熱くてどうしようもない。

 きっと顔もどこもかしこも真っ赤に違いない。

 恥ずかしくてどうしようもないのに逃げ場がないから、身動ぎもせずにじっと耐え忍ぶしかないのだけれど。

 そこに、なにやら困ったような顔をした桜小路さんから、自嘲気味に零した声が聞こえてきて。

『嫌なら嫌とハッキリ言わないと、どうなっても知らないぞ』

 私はそこでようやくハッとしあることに気づかされることになるのだった。

 あることとは、一昨日も、昨日も、そして今も、恥ずかしいという気持ちはあれど、桜小路さんに触れられることに関しては、一度も嫌だなんて思ったことがないということだった。

 今なんて、あんまり心地よかったものだから、もっともっと触れて欲しい。なんて思ってしまってたくらいだ。

 けれども私は、ここまできても自分の気持ちになど全く気づいていなかった。

 そんなことよりも、いつになく元気のないように見えてしまった桜小路さんのことをなんとか元気づけてあげよう、という想いに駆られてしまっていたのだ。

 そもそもこういうことに疎い私には、桜小路さんの言葉の意図することなど、全く理解できていなかったのだからしょうがない。

『自分でも不思議なんですけど、桜小路さんに触れられたら恥ずかしいとは思っても、嫌だなんて思ったことは一度もありません。だから安心してください』

 こうなれば羞恥なんてどこ吹く風で、正面の桜小路さんに向けて、思ったまんまのことを包み隠さず放っていたのだった。

 そうしたらそれを聞いた桜小路さんが驚愕の表情を浮かべてすぐに、見当違いなことを問いかけてきて。

『お前、もしかして俺のことが好きなのか?』
『いえ、全然。そんなことある訳ないじゃないですか』
『はぁ~~』

 またかと思いつつも即答した私の言葉を聞き届けた途端に、桜小路さんは疲れ果てたように、それはそれは盛大な溜息を垂れ流し始めた。

 私はその様子を首を傾げてキョトンと見やっている事しかできずにいたのだけれど。

『まさか、わざとじゃないだろうな? まぁ、いい。それなら、もっと意識させるまでだ』

 しばし勘ぐるような顔をしていたかと思えば、急に黒い笑みを湛えて、なにやらぶつくさと小さな声で独り言ちていた桜小路さんによって、ぐいと胸に抱き寄せられ、宣言するかのように、

『触れられるのが嫌じゃないなら、もう遠慮はしない』

そう言ってきた桜小路さんの纏う大人の色香に魅入られてしまった私は腑抜けたように、ぽーっとしていることしかできないでいる。

 その隙に、なんとも甘やかな優しいキスをお見舞いされていたのだった。

 何度も何度も優しく解すようにして唇を柔らかく啄まれているうち、あたかも魂でも抜き取られるようにして、私の身体からはクタリと力が抜けていた。

 そうして気づいたときには、桜小路さんによって、強い力でぎゅーっと掻き抱くようにして抱きしめられていたのだった。

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