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#30 不敵な王子様からの宣言
しおりを挟むそういえば確か事故の時もそうだったけど、人間という生き物は危機的状況に追い込まれると怖いもの見たさでも発揮されるのか、案外冷静に、事の成り行きを目で追ってしまう習性があるらしい。
現に私も今、吐息を感じるほどの至近距離に迫っている桜小路さんのイケメンフェイスをしっかりと見つめている。
否、正確には、どうしていいかが分からないものだから、目を離せないといった方がいいかもしれない。
けれどそんな均衡状態を保っていられたのも、ほんの数十秒ほどの短い間だけのことだった。
尚もジリジリと私との距離を詰めてきた桜小路さんの迫力満点のイケメンフェイスと、逸らされる気配のない強い眼差し、呼吸のたびに微かに感じる熱い吐息。
この状況からどうにかして逃げ出そうにも、一ミリでも動いてしまったら、桜小路さんの唇と私の唇とが触れ合ってしまいそうだ。
――もう無理ッ! 誰か助けてッ!
追い詰められた私は、せめて現実逃避しようと、瞠目したままだった目をギュッと閉じるのだった。
すると至近距離の桜小路さんからフンと鼻を鳴らす気配がして、反射的に首を竦めた私がじっと耳をそばだてていると。
「そんなに怖がらなくても、今すぐ襲ったりはしないから安心しろ。今後のためにも、お前がどんな反応をするか確かめただけだ」
相も変わらず私のことを組み敷いたままでいる桜小路さんから、お決まりの無愛想で不遜な声が降ってきた。
その言葉に、色々気になるモノが混じっていた気もするけど、私の反応を確かめただけだったみたいだから、取り敢えず今は置いておくとして。
恐る恐る目を見開いてみた時には、もう既に桜小路さんは私の身体から退いた後だった。
どうやら今日のところは危険は回避できたらしい。
ホッとした私が、ふうと大息をついて胸を撫で下ろしたとき。
「……反応を見る分には面白いが、昨夜みたいにちょっと抱き上げたくらいで真っ赤になっているようでは、偽装結婚なんて装えないだろうからなぁ」
隣に仰向けになって寝転んだ桜小路さんから独り言ちるような呟き声が聞こえてきた。
――もしかしたら、私との偽装結婚は無理だと判断して、諦めてくれるかも。
内心こっそりと希望の光を見いだしていたのだが。
「やっぱり今夜から一ヶ月かけて、手取り足取りじっくり慣らしていくしかないか」
勘案しているのが無意識に声になってしまっているのか、それともわざと声に出しているかは不明だが、桜小路さんから予想に反した、聞き捨てならない言葉が飛び出してきた。
たちまち全身からサーッと血の気が引いていく心地がする。
そんな私の頭にはさっきの光景が鮮明に蘇ってくる。
同時に、私の身体には戦慄が駆け巡った。
――さっきみたいな状況がこれから一ヶ月も続くなんて、冗談じゃない! そんなことされたら心臓がもたない!
私は大慌てで、隣の桜小路さんに正面から向かい合った。
「そんなの無理ですッ! キスどころか、男の人と交際したこともないのに、慣れるなんて無理です。私にはそういう免疫が全くないんですから、諦めてくださいッ」
勢い任せに放った私の言葉に、桜小路さんは僅かに驚いた表情を覗かせた。
おそらく、まさかキスの経験さえないとは思いもよらなかったのだろう。
――これはいい方に転ぶのでは? しめしめ。
なんて思っているところに、フンと不敵な笑みを零した桜小路さんから、
「そんなことで俺が諦めるとでも思ったのか?」
至極呆れ果てたというような声が届いて、最後には、「残念だったな」という台詞まで付け加えられた。
その声に、反論しようと身構えかけた私の身体が不意にグラリと傾いて、あっという間に、元の木阿弥。
あたかも時間が巻き戻ったかのように、私の身体は桜小路さんによって再びベッドへと組み敷かれていたのだった。
そしてなにやら悪巧みでもしているような黒くて怪しい微笑を湛えた桜小路さんに、真っ直ぐに見据えられ、
「今夜からゆっくり段階を踏んでたっぷり慣らしてやるから安心しろ」
たっぷりと含みを持たせた言葉をお見舞いされてしまうも、そんなモノで安心できるはずがない。
ここで何も言い返さなければ、おそらくずっと言いなりのままだ。
――そんなのイヤだ!
「そんなこと言われても、無理なもんは無理ですッ!」
なんとか踏ん張ろうと、怯みそうになるのを堪えて言い返してはみたものの。
相も変わらず、ニヤリとした黒い微笑を湛え、眇めた切れ長の瞳に怪しい光を宿した桜小路さんから、
「言っておくが、俺の辞書には『無理』という文字はない。男に免疫がないなら、この俺がつけてやる。だからお前の方こそ、もう諦めろ」
有無を許さないという気迫に満ちたやけに自信たっぷりな口ぶりで宣言されてしまうのだった。
対して私は、桜小路さんの気迫に圧倒されて縮こまっていることしかできないでいる。
頭の片隅で、『お前はナポレオンかッ!』と突っ込むような声が聞こえた気がしたが、あいにく共感するような心のゆとりなど、持ちあわせちゃいない。
そんな私におまけとばかりに、桜小路さんはジリジリと焦らすようにして、鼻先スレスレまで距離を詰めてくる。
――キ、キスされるッ!?
そう思いギュッと瞼を閉ざした刹那、首筋に熱くざらりとした舌をねっとりと這わされた。
背筋にゾクゾクッとまた妙な感覚が駆け巡り、「ヒャッ」と思わず声を漏らすやいなや、耳元に唇を寄せてきた桜小路さんによって、
「お前の作るスイーツも絶品だったが、お前のこの穢れを知らない滑らかな白い肌も、肌から醸し出す匂いも、スイーツ同様に甘いな。俺好みに仕込んで、味わうのが今から楽しみだ」
圧倒的な色香を孕んだやけに艶っぽい声音で耳を疑うような言葉を囁かれた。
驚くことに桜小路さんは、私の首筋を舐めて味見をしていたらしい。
朝一で、とんでもない羞恥に襲われ真っ赤っかにさせられてしまった私は、ショート寸前だった。
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