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#25 逃れられない現実
しおりを挟むどうしてそんな話を菱沼さんが私にしているかというと、それは桜小路さんが私のことを結婚相手に選んだというか、利用しようとしている理由にあった。
まず、私の父親は、桜小路さんにとっては、伯母(ご当主であるお父様の姉・桜小路貴子)の夫、つまり義理の伯父(婿養子・道隆《みちたか》)にあたる。
そしてその人というのが、少々厄介な人物らしい。
数年前、先代のご当主が亡くなって以来、人格者で優しいご当主であり現会長である創一郎《そういちろう》さんの人の好さと、自身の桜小路グループの社長職という立場を利用して、あれこれ口を出し、自分の意のままにしているのだという。
そしてなにより厄介なのが、自分が婿養子であるせいか、ご当主の実子である創一郎さんとその息子である桜小路さんのことをよくは思っていないらしい。
それ故に、桜小路さんの継母と裏で手を組んで、創さんの腹違いの弟である創太《そうた》さんを次期当主にしようと企てているそうだ。
それと私との結婚に何が関係しているのかと訪ねたところ……。
「お前の父親は貴子様との結婚後にお前の母親と不倫関係になり、お前をもうけている。そのことを知れば、プライドの高い貴子様は離婚すると言い出すだろう。そうなれば、今まで手にしてきた地位も名声も水の泡だ」
そう言ってきた菱沼さんはそこで一旦話を中断し、混乱気味の私に意味ありげな視線を寄越してきて見据えながら、
「お前にはわからないだろうが、地位や名声を手に入れるために婿養子として長年耐えてきたんだ。それをみすみす棒に振るようなことはしないだろうからなぁ。それが日本最大の財閥系企業である桜小路グループとくれば、なおさらだ」
同じ男として思うところがあるのか、同情するような口ぶりで語っていたけれど、そんな身勝手な男の言い分なんてどうでもいい。
今知りたいのはその先の事だ。
「そんなこと聞きたくありません。早く理由を聞かせてください」
「あぁ。だから、そこでお前の存在が大きな意味を持ってくる。つまり、お前がこちらに付いている以上は、創様に下手に手出しできないってことだ。いつ貴子様に、お前が隠し子であることをバラされるか分からないからなぁ。言い方は悪いが、お前は人質ってことになる」
自分で先を促したはいいが、それはなんとも残酷なものだった。
生まれてからこれまで、存在さえ知らなかった父親のことを不意打ちで聞かされた挙げ句、その父親がかなりの野心家だと知らされ、それだけでも相当なショックだというのに。
そこにきて、父親の弱みを握るための『人質』にされるなんて、そんなのあんまりだ――。
「そんなの嫌です。それに、父親だって言われても一度も会ったこともないし。私が娘だなんて分かるはずないじゃないですかッ!」
「あぁ、そんなことか。それなら心配ない。
確かに、遊びだった相手の名前なんていちいち覚えちゃいないだろうが、創様の結婚相手になる女に難癖付けるために色々調べ上げるだろうからなぁ。向こうの出方を待つだけだ」
「……そんな」
「ものは考えようだ。お前の母親もお前も結局はゴミくずのように捨てられたんだ。捨てた父親に復讐できると思えばいいじゃないか」
「……復讐なんて、そんなの嫌ですッ!」
「言っておくが、お前には拒否権はない。こうしてちゃんと拇印まで押してるんだ。創様との結婚にもすでに了承済みということになる」
「――騙したんですかッ!?」
「別に騙した訳じゃない。亀のお礼と言った俺の言葉に疑念を抱かなかったことも、書類をちゃんと確認しなかったのも、全部お前の落ち度だ。お前も二十二になる大人なんだ。泣いてばかりいないで、自分の尻拭いは自分でしろ」
どうやらカメ吉を助けたお礼というのも、あの書類も、全ては私のことを利用するために巧妙に仕組まれたことだったらしい。
おそらく私が遭ったあの事故の現場に菱沼さんたちが居合わせたのも、偶然じゃなく、私とコンタクトをとろうとしていたからだったんだろう。
今更それに気づいたところで、自分ではどうすることもできず、結局は従うより他に道はない。
こうして私は、『専属パティシエール』になるはずが『人質』として、桜小路さんと偽装結婚をする羽目になってしまったのだった。
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