拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

羽村美海

文字の大きさ
上 下
23 / 111

#22 涙味のブランマンジェ ⑴

しおりを挟む
――ようやく授業が終了し、短い頬ムルームも終える。
私は午後の授業で貯めた眠気を発散するように、大きく伸びをした。そして、近くの席の親友に声をかける。
「じゃあ理子、また明日!」 
「はーい、また明日ね!」  
カバンをつかみ、教室を出て、顔を出すのはとなりのクラス。
戸を開けて、中にいる彼に声を掛けた。
「蒼、帰ろ~!」
「おー、今行く。」

……あれから二年。
高年生になった私たちはいまだ、付き合っていない。



 *



「――ひな!」
あの時、私は歩道橋から転がり落ちることはなかった。
その場に来ていた蒼が、バランスを崩していく私の腕を、ギリギリ掴んだからだ。
「よかった、間に合った……!」
蒼はそう言って、私を抱きしめてくれた。
私も、一瞬でも遅れたら死んでいた恐怖もあいまって、蒼に抱きついた。そしてそのままそこで少しだけ泣いた。
久保さんはほっとしたような顔をしていたけど、直樹くんはそんな私たちを白けたような目で見ていた。
蒼はこっちに駆けてくる間に、私と彼の口論の、だいたいの内容を耳にしていたらしい。直樹くんをにらむと……それでもどこか辛そうに言った。
「……佐古。オレはお前を友達だと思ってたけど、お前にとってはそうじゃなかったんだな。」
それに、彼はフンと鼻を鳴らして応えた。
「――そうだよ。僕はお前のことがずっと大嫌いだったんだ。……お前のその、すぐに僕を責めたりののしったりしない、『良い子』なとこも嫌いだよ。」
二人でせいぜいお幸せに。
手を振り払って危ない目に遭わせたのはごめんね。
……そう言って、とっととその場を去っていった。久保さんも、私に一言「ごめん」とだけ言って、その場を立ち去った。
二人で残されると、蒼は全てを話してくれた。
「あの時、手紙を回し読みなんかしてごめん。今さら許してもらえるとは思ってないけど……、お前の気持ちを気持ち悪いなんて思ったことは、本当に一回もないから。これだけは信じてほしい。」
蒼が言うには、手紙の件は、直樹くんの言う通り、友達への誠意と自分の想いに板挟みになって、パニックになってしまったためだったらしい。彼にはずっと牽制をされていて、彼のことを、友人のことを裏切れないと思ってしまったのだと。
本当はもっと怒ってよかったのかもしれないけど(あとから事の顛末を聞いた理子はもっとキレろと憤慨していた)、私は蒼が『本当は嬉しかった』と、そう言ってくれただけで満足だった。……直樹くんの本性に気づかずに、自分の気持ちを捨てかけたのは私も同じだったから。
 ちなみに直樹くんは、一年生のうちに『家庭の事情』で中学を転校している。

――そして、やはり『茜くん』は、未来から来た蒼だったらしい。
蒼が歩道橋に来れたのも、彼に教えてもらったからだったそうだ。
あの新聞の『女子高生』とはつまり、私のことだったんだろう。あれは過去ではなく、未来の新聞記事だったのだ。
 
不思議だったのは、蒼の家に戻ると『茜くん』から託されたという例のノートが跡形もなく消えていたことだ。……そして、少し前まで蒼の家に来ていたという『彼』も。 付け加えれば、お母さんでさえも『茜くん』の存在をきれいさっぱり忘れていた。
……だから今、彼が『いた』ことを覚えているのは、私と蒼だけだった。
でも私たちはそのことに納得して、『きっと元の時代に帰ったんだろう』と結論づけた。ノートが消えたのは、私が助かったからだ。
「オレは奇跡をつかめたんだな。」
蒼はそう言って笑った。

……けど、結局私たちは付き合っていない。お互いの気持ちは確認しているも同然なのになぜなのかというと、それは蒼が、「二年後、『茜』と同じ年になってから告白する。」と言ったからだ。
「根拠はないけど、二年後、全部思い出す気がするんだよな。ひなと一緒に暮らしてた二週間、ひなを失った『向こうの世界』での二年間も。
だから、全部思い出してからオレの気持ちをお前にとって言うよ。……『茜』も、きっとお前に好きだって言いたかったはずだから。」
待っててくれるか、と言うので、しょうがないな、とうなずいた。
蒼が私を好きでいてくれるだけで、私はそもそも嬉しいし、それに。
「私は蒼に十年近く片想いしてたんだよ。両片想いの二年間なんて、大したことないよ。」
恋する乙女は強いのだ。



  *



――そして、今。
高校生になった私たちは、友達以上恋人未満の関係を二年間続けていた。
お互い部活のない日はいつも一緒に帰るので、周りの友達には付き合ってるのだと思われている。……わざわざ訂正してはいないけれども、実際は、残念ながらまだ『その日』は来ていない。
……同じ高校に進学した理子だけは事情をある程度知っているので、「めんどくさいな、あんたたち。」と言われてるけど。

「あー、明日英語の単語テストだ、最悪。くそ、今から勉強するのダルいな~。」
いつもの帰り道を並んで歩きながら、蒼がボヤく。
……でも、そんなことを言いながら結局ちゃんと勉強して、いい点数を取るのが蒼だ。
「帰ってマジメに勉強するくせに。マジメだもんね、蒼。」
「うるさいな。別にマジメとかじゃ――」
ぶわり。
不意に――蒼の言葉を遮るようなタイミングで、突風が吹いた。
瞬間的に台風が来たのかと思うほど、強い風。
「っと、すごい風だったね、今…………、蒼?」
返事がないので呼びかけると、蒼は立ち止まってじっと一点を見つめていた。
視線の先にあるのは、公園だ。児童公園。
蒼が見ているのは、そのはじっこにある――ベンチ?
「……ひな。」 
「ん?」
蒼がこちらを振り向く。晴れ晴れとした笑顔が、私に向けられる。
戸惑っていると、蒼がゆっくりと口を開いた。……そして。

「――もう、一人でベンチで泣いて、目ェこすって赤くしたりしないよな?」

「!」
息を、呑む。
聞き覚えがある言葉だった。
泣いている私に『彼』がかけてくれた言葉を、否応なく思い出す。
「……思い出したの? 全部?」
 声をふるわせて尋ねる私に、蒼は笑顔でうなずいた。
「うん、全部。お前が口開けて寝てたことも。」
「ばか、余計なことまで思い出さないで!」
思わず叫び――そのまま抱きつく。
蒼は危なげなく抱きとめてくれて、私の背中を叩いた。
そして、優しい声で言う。
「……ただいま、ひな。」
「おかえり、……『茜くん』?」
「ばーか、もう『茜』じゃねーよ。」
笑いをふくんだ声で訂正した蒼が、私の頬に手を触れた。
まっすぐな黒い目が、私を正面から捉える。
「……二年も待たせてごめん。気持ちの答え合わせ、していいか?」
「うん。……言って、蒼。」 
蒼が笑う。
泣き出しそうな、それでも、精いっぱい幸せそうな笑顔。

「ずっと前から好きだった。絶対大切にするから、オレと付き合ってください。」
「もちろん!」

ゆっくりと顔が近づき、唇が重なる。
――大丈夫。もう、私たちは一人で泣いたりしない。
だって、二人が夢にまで見た奇跡の果てが、今ここにあるから。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

そこは優しい悪魔の腕の中

真木
恋愛
極道の義兄に引き取られ、守られて育った遥花。檻のような愛情に囲まれていても、彼女は恋をしてしまった。悪いひとたちだけの、恋物語。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~

けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。 ただ… トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。 誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。 いや…もう女子と言える年齢ではない。 キラキラドキドキした恋愛はしたい… 結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。 最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。 彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して… そんな人が、 『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』 だなんて、私を指名してくれて… そして… スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、 『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』 って、誘われた… いったい私に何が起こっているの? パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子… たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。 誰かを思いっきり好きになって… 甘えてみても…いいですか? ※after story別作品で公開中(同じタイトル)

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

【完結】誰にも知られては、いけない私の好きな人。

真守 輪
恋愛
年下の恋人を持つ図書館司書のわたし。 地味でメンヘラなわたしに対して、高校生の恋人は顔も頭もイイが、嫉妬深くて性格と愛情表現が歪みまくっている。 ドSな彼に振り回されるわたしの日常。でも、そんな関係も長くは続かない。わたしたちの関係が、彼の学校に知られた時、わたしは断罪されるから……。 イラスト提供 千里さま

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

処理中です...