拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

羽村美海

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#12 シフォンケーキに生クリームを添えて ⑶

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 現在の時刻、午後五時五六分。

 確か、会食や急用がなければ、だいたい六時過ぎには帰宅するとか言ってたから、もうすぐだ。

 最新式のスチー厶オーブンレンジも小道具も材料も使ったことのないものばかりで、どうなるかと心配だったけれど、シフォンケーキの試作品もうまく焼き上がった。

 さすがは紅茶の女王と呼ばれるダージリン。

 しかも味・コク・香りともに一年で最も充実した時期に収穫された、最高級品とされるセカンドフラッシュだけあって、口に入れたときの香りがなんともいえない。

――よしッ! これならいける。

 気合い充分に二度目に焼き上がったシフォンケーキを冷ましてる間、ふっくらと泡立てたホイップクリームに桜のリキュールを加えて、無事完成。

 できたばかりのホイップクリームをひとさじ掬って口に含んでみる。

 すると、仄かな桜の香りが口の中でほわっと広がって、ほんのりと優しい甘さが包み込むようにしてあとから追いかけてくる。

――メチャクチャ美味しい!

 ほっぺが落ちるとはまさにこのことだ。

 さっきまで純白だったホイップクリームがほんのりと薄桃色に色づいていて、とっても綺麗で癒やされる。

 勿論純白のホイップクリームも一緒に添える予定だ。そして最後にアクセントとしてミントの葉も。

 味の変化が楽しむこともできるし、視覚的にも、味覚的にも、麗らかな春を思わせる、とびきりのシフォンケーキだ。

 予想以上だったシフォンケーキの出来に、すっかり元気を取り戻していた私は、夕飯を作り終えて、後は桜小路さんの帰宅を待つばかりだった。

 部屋は勿論、浴室の掃除だってちゃんと済ませてある。

 ふとあることを思いついて、カットしてあった試作品をラッピングしていると、インターホンの軽快な音色が響き渡った。

 なんとかラッピングを済ませ、インターホンに対応するより先に玄関ホールへと向かい。

「お帰りなさい、お疲れ様でしたッ。運転手さんってまだ居ますよね?」
「……あっ、あぁ、たぶんな」
「おい、チビッ! どうした?」

「じゃぁっ、ちょっと行ってきますッ!」
「――て、おいっ!」
「おい、こら、チビッ! 創様が帰宅されたというのにどこへ行く気だッ!」

 桜小路さんと菱沼さんを迎え入れると同時に、エレベーターへと駆けだしていた。

――早く行かなきゃ、帰っちゃう!

 そんな思いに駆られていたため、周囲なんて全く見えてなどいなかったのだ。

 その甲斐あって、入れ違うことなく運転手さんに無事シフォンケーキを渡すことができたのだった。

 実は昨日、私が到着した車の中で話が違うとごねたため、迷惑をかけてしまっていたのに何も言えずじまいだったから、気になっていたのだ。

 当の運転手さんは、酷く驚いて恐縮しきりだったけれど、最後には笑顔で受け取ってくれて、ほっと一安心。

 戻ると、さぞかし怖い顔で待ち構えていると思っていた菱沼さんは、既に部屋の中に戻っているようだった。

 なのに、なぜか玄関ホールには仏頂面の桜小路さんの姿だけがあって、私はそのまま桜小路さんからお叱りを受けることになってしまったのだ。

 まぁ、当然だろう。

「お前は猪かッ! 俺が機転を利かせて鮫島(運転手)に電話してやったから良かったもののッ」
「えっ? そうだったんですか? ありがとうございます。それから、今朝はすみませんでした」

 お叱りの途中で、ついうっかり口を滑らせたらしい桜小路さんが浮かべた、『あっ、ヤバい』っていうような表情と、意外なはからいには驚かされたが、お陰で朝のことも謝ることができてめでたしめでたし。

――もしかしたら、桜小路さんも朝のことを気にしてくれていたのかもしれない。だからひとりで待ってくれていたのかも。

 そう思っていたタイミングで。

「……あぁ、いや、あれは……俺も、悪かった」
「ーーッ!?」

 急に視線を伏せた桜小路さんから、バツ悪そうにボソボソと小さな声だったけれど、確かに謝ってもらって、吃驚した私は声を失ってしまっていた。

 どうやら本当に気にかけてくれていたようだ。

 無愛想で口が悪かったりするけど、やっぱり悪い人ではないのかもしれない。

 まだ桜小路さんと同居したばかりで、知らない事だらけだけど、ただ面と向かって、そういうことを口にできないだけなのかも。

 まるでそれを裏付けるようにして、すぐに、全部払拭するように、安定の無愛想で不遜な桜小路さんの声が響き渡った。

「そ、それよりッ、シフォンケーキはできてるんだろうな?」
「もちろんですッ!」

 そうして現在、ダイニングチェアーに座った桜小路さんが私が用意したとびきりのシフォンケーキと対峙しているところだ。

 テーブルの傍で立っている私は緊張感に襲われ、身体にくっつけた拳をぐっと握りしめた。

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