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#21 ブランマンジェのその前に ⑶
しおりを挟むそんな私に業を煮やしたのは他でもない、さっき私が怒らせてしまった菱沼さんだった。
「おい、チビ。鳩が豆鉄砲食らったような間抜けな面《ツラ》してないでさっさと答えろッ!」
おそらく、つい今しがた私のせいで桜小路さんからお叱りを受けてしまった事を根に持っているんだろう。
それはそれは、偉い剣幕だった。
隣に居る桜小路さんからしてみたら、さぞかし迷惑極まりなかったようだ。
「菱沼、そんなにカリカリして喚くな。さっきから唾が飛んでる」
「あー、すみませんッ」
爽やかなイケメンフェイスを忌々しげに歪ませた桜小路さんから軽く二度目のお叱りを賜ってしまった菱沼さん。
菱沼さんは大慌てで、自分が飛ばしてしまった唾をさっき大活躍したポケットティッシュで拭き取りつつ、私に向けてナイフのように鋭利な視線を寄越してきた。
私がひぃ、と心の中で震え上がっているところに、「もういい」という桜小路さんからの声が飛んできて、菱沼さんの鋭利な視線から解き放たれた私がおもむろに声の方へと視線を向けると。
「それより、どうなんだ? やっぱりパティシエールだからとか、そういう理由からか?」
さっきからずっと我関せずといった無表情を貫いていたはずが、やけに興味津々といった感じで、いつの間にやらソファから起き上がってきた桜小路さんは、前のめりになっていた。
そんなに気になることだろうか? と首を傾げつつも答えたところ。
「確かに職業柄、香水は付けたことがありません。化粧については、小さい頃アトピー性皮膚炎だったこともあって、肌に合わないので、仕事の時にはオーガニックのものを使っていたんですけど」
相槌の代わりに、うんうんと感心したように頷きつつ聞き耳を立てている桜小路さんの隣で。
「ほう、アレルギー体質とはやはり血筋でしょうかねぇ」
同じように頷く素振りを見せていた菱沼さんが、酷く感心したようにぼそりと呟きを落としたようだったけれど、すぐに遮るようにして。
「『使っていたんですけど』とはどういうことだ?」
焦れたのか、そういって先を促してきた桜小路さんの声によって、菱沼さんの言葉は瞬時に掻き消されてしまい。私の耳に届くことはなかった。
「普段は、肌に負担をかけたくないので、できるだけ化粧はしないようにしているからですけど。やっぱりした方がいいですか?」
別に職場といっても桜小路さんと菱沼さんくらいしか居ないから化粧なんて無用だと思っていたけど。不快なんだろうか?
「いや。そのままで居てくれた方が俺にとっては都合がいい」
「……都合が……いい?」
どういう意味かよくは理解できなかったものの、化粧に関しては不快だった訳ではなかったようなので一安心。
……していたタイミングで。
「いや。何でもない、こっちの話だ。それより、今朝言っておいたブランマンジェはできてるんだろうな」
放たれた桜小路さんの声によって、ブランマンジェの話題へと移行した。
それですっかり仕事モードに切り替わった私の頭の中はそのことで埋め尽くされてしまっていて。
「はい、勿論ですッ! 今お持ちしますッ!」
「あぁ、頼む」
今日こそは桜小路さんに専属パティシエールとして認めてもらうんだ、という思いに駆られていた私は、張り切って準備に取りかかったのだった。
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