19 / 111
#18 事実は小説より奇であるらしい ⑵
しおりを挟む【ほら、よくいうでしょ? 九死に一生を得た人が、死んだ人の魂と話ができるようになったとか、その姿が視えるようになったとか】
確かに、そういう話を耳にしたことはあるけど。
――今確か、事故で死ぬのを助けたって言ったよね?
でも菱沼さんの話だと、カメ吉を助けたのは私のはずなんだけど……。
――どういうこと?
お母様の言葉には吃驚させられたけど、どうにも合点がいかなくて、そこんところをはっきりさせておこうと声を放ったものの、見かけはカメ吉なだけに、『お母様』と呼んでいいものか躊躇いがちに伺ってみる。
「あのう、お母様……とお呼びすればいいんですかね?」
【あら、いけない。そういえば自己紹介がまだだったわね。私は、桜小路愛梨……と言いたいところだけど、もうこの世には存在しないから、ただの愛梨って呼んでくださって結構よ】
当のお母様は、特に気にすることもなく、ごくごく普通に当たり前のように、自己紹介をしてくださった。
若干ズレてた気もするけど、カメ吉に転生したお母様と話してることに比べたら、大したことじゃない。
その間も、水槽の池の中の立派な青石の上で、ミドリガメのカメ吉として甲羅干中なのだけれど。
なんとも不思議な心持ちでカメ吉を眺めつつ、お母様改め愛梨さんに向けて、私は今度こそ核心に迫ることにした。
「あのう、愛梨さん? 菱沼さんの話によると、私がカメ吉というか、愛梨さんのことを助けたって聞いたんですが」
【そりゃそうよ、亀が人間なんて助けられっこないもの】
「――え!? でもさっき、私のこと助けたって」
【ええ、いったわ。いったけど正確には神様ね】
愛梨さんとコントのようなやりとりを経て、得た情報によると、愛梨さんが亡くなったとき、お迎えにきていた死神らしき若い男に、幼い桜小路さんを残して成仏できないと泣きついたところ。
困った死神が神様に事情を伝え、愛梨さんはすぐに人間に生まれ変わる権利を持っているから、それを放棄すればその願いが叶えられるということで、愛梨さんは二つ返事で放棄することにしたらしい。
そうして、言葉を話せないカメ吉なら問題がないということで、前世の記憶を残したまま転生することが決まり、カメ吉が愛梨さんの代わりに人間に転生したのだという。
その際、人間に生まれ変わる権利を持っていた愛梨さんには、権利を放棄した代わりとして、一つだけ願いが叶えられるという特典をもらっていたらしい。
その特典とやらは、カメ吉の天寿をまっとうしてこの世を去るときに、桜小路さんと話をしようと思って大事にとっておいたらしいが、私が事故に遭ったあの場所に居合わせた愛梨さんが、私を助けるために、突発的に特典を使ってしまったんだそうだ。
愛梨さんから聞かされた話は、やっぱりにわかに信じがたい話ではあったけれど……。
おぼろげではあるものの、確かに事故の時に儚げな女性の姿を見た記憶もある。
とはいえ、あまりに現実離れしていて、正直なところよく理解はできないけど、そういうことなんだろう。
死後の世界というものが実際に存在してるんだなぁ、と感心しつつ、命の恩人だったらしい愛梨さんに感謝しきりの私だった。
「そうだったんですか。それはありがとうございました」
【いいのよ。カメ吉の姿になっちゃったけど、創の傍に居られるんだし。こんな可愛らしいパティシエールさんのお役に立てて光栄だわ】
「愛梨さん」
優しい愛梨さんの言葉に感動して思わず涙ぐむ。するとそこへ。
【それに、これからは私と話ができる菜々子ちゃんがついててくれるんですもの。こんなに心強いことはないわぁ。これからは持ちつ持たれつ、色々と助け合っていきましょうね? 菜々子ちゃん】
相変わらず優しいものではあるけれど、悪戯っ子のような口調で、恩にでも着せるようような、そんなニュアンスのある愛梨さんのやけに弾んだ嬉しそうな声がすーっと割り込んできた。
「……そ、そうですね。あはは」
そこで、愛梨さんがあの桜小路さんのお母様だということを思い出した私は、なにやら嫌な予感がして、それが当たらないことを心底願っていたのだった。
0
お気に入りに追加
292
あなたにおすすめの小説
憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~
けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。
私は密かに先生に「憧れ」ていた。
でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。
そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。
久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。
まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。
しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて…
ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆…
様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。
『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』
「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。
気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて…
ねえ、この出会いに何か意味はあるの?
本当に…「奇跡」なの?
それとも…
晴月グループ
LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長
晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳
×
LUNA BLUホテル東京ベイ
ウエディングプランナー
優木 里桜(ゆうき りお) 25歳
うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~
けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。
ただ…
トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。
誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。
いや…もう女子と言える年齢ではない。
キラキラドキドキした恋愛はしたい…
結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。
最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。
彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して…
そんな人が、
『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』
だなんて、私を指名してくれて…
そして…
スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、
『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』
って、誘われた…
いったい私に何が起こっているの?
パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子…
たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。
誰かを思いっきり好きになって…
甘えてみても…いいですか?
※after story別作品で公開中(同じタイトル)
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜
玖羽 望月
恋愛
親族に代々議員を輩出するような家に生まれ育った鷹柳実乃莉は、意に沿わぬお見合いをさせられる。
なんとか相手から断ってもらおうとイメージチェンジをし待ち合わせのレストランに向かった。
そこで案内された席にいたのは皆上龍だった。
が、それがすでに間違いの始まりだった。
鷹柳 実乃莉【たかやなぎ みのり】22才
何事も控えめにと育てられてきたお嬢様。
皆上 龍【みなかみ りょう】 33才
自分で一から始めた会社の社長。
作中に登場する職業や内容はまったくの想像です。実際とはかけ離れているかと思います。ご了承ください。
初出はエブリスタにて。
2023.4.24〜2023.8.9
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる