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#17 事実は小説より奇であるらしい ⑴
しおりを挟む桜小路さんの継母であるらしい女性は、私が専属のパティシエールだと名乗ると、訝しげな表情で上から下まで舐めるようにじっくりと観察してから。
「あら、そうだったの。スイーツが好きだとは聞いていたけど、そこまでとは思わなかったわ。でも、まぁ、そんな様子だとお付き合いされてる女性もいなさそうねぇ」
コックコート姿の私に納得したのか、感心したようにそう言うと、カメ吉の水槽を眺めながら。
「こんな亀なんか大事にして、どこがいいのかしらねぇ。気持ち悪い」
両手で自分の腕を抱きしめるようにして肩を竦めて、
「別に変わったこともなさそうだし、そろそろお暇しようかしら」
誰に呟くでもなくそう零した。それから。
「創さんに、くれぐれもよろしく伝えといてちょうだいね」
それだけ言い残すと、そそくさと帰っていったのだった。
滞在時間は、ざっと見積もっても、十分もなかったんじゃないだろうか。
――一体何をしに来たんだろう?
そう首を傾げるしかなかったが、それは、継母が現れたとき同様、お母様が丁寧に教えてくださった。
お母様曰く、なんでも桜小路さんが一人暮らしするようになってからというもの、必ず週に一度予告なくふらりと現れて、変わったことがないかの確認にきているのだという。
特に近頃は、縁談話があってもいつも仕事が忙しいといって取り合わない桜小路さんに、女性の気配がないかを探りにきているらしく、それを桜小路さんは毎回毎回非常に嫌がっているらしい。
……でも、それならそうと一言そう言っといてくれたら、こんなにビックリすることもなかったのに。
私がそう思うのも当然だと思うが、そんなことより今は、カメ吉に転生しているらしい桜小路さんのお母様のことだ。
継母が居なくなったカメ吉ルームで、そう思っていたところに、すーっとお母様の声が割り込んできて。
【やっぱり香水の匂いが凄いわねぇ。早く換気しておいた方がいいわぁ。匂いが付いちゃったら大変。菜々子ちゃん、悪いけどお願いできるかしら】
いつのまにか、『菜々子ちゃん』呼びになっていることに、半端ない違和感を覚えながらも、私はだだっ広い部屋中の換気に奔走したのだった。
✧✦✧
ようやく換気も終えてカメ吉ルームに戻ってきた私はソファに倒れ込んで、「はぁ~、ビックリした」と放心しているところに、
【菜々子ちゃん、お疲れ様】
お母様の優しい声音がすーと沁みてくる。
「……はは」
この現実離れした現実をどう受け止めればいいのかよく分からず、無意識に笑いがこみ上げる。
――やっぱり聞こえてくるし。
でも、どうしてお母様の声が聞こえるんだろう?
勘案して辿り着いた私の疑問に、お母様の思いがけない言葉が、再びすーと割り込んでくるのだった。
【あぁ、それはきっと、菜々子ちゃんが事故で死にかけていたのを私が助けたからじゃないかしら】
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