拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

羽村美海

文字の大きさ
上 下
8 / 111

#7 波乱の幕開け

しおりを挟む

 エントランスで伯母夫婦に見送られつつ病院を後にして、それから小一時間ほどで目的地へと到着した。

 きっと都会の綺羅びやかな夜景が一望できるのだろう、天高く聳え立つタワーマンションの地下駐車場へと辿り着いた車の後部座席で、シートベルトをぐっと握りしめた私が、予想が外れたことに呆然としていると。

「何をぼさっとしているんだ? 降りるぞ」

 私の隣で上質なシートにふんぞり返るようにして深く身体を沈めて厭味なくらい長い足を組んでいた桜小路さんから、初見の時と何ら変わらない不機嫌そうな不遜な声が放たれた。

 道中ずっと愛想なくムスッとしてたから、どうやらこっちのほうが通常モードのようだ。

 その声で、ようやく正気に戻った私が、

「あの、住み込みって聞いてたんで、てっきり大きなお屋敷だと思ってたんですが」

それにしたって、伯母夫婦の前と態度が違いすぎませんかね? と言いたいのを我慢しつつ出した言葉に。

 年配の運転手さんが開けてくれた後部座席のドアから降りようとしていた桜小路さんからは、さっきよりも不機嫌そうな声が飛び出してきた。

「なんだと? ここじゃ不服だとでも言いたいのか?」

「そっ……そうじゃなくてっ。大きなお屋敷で沢山の使用人の方とも一緒だと思っていたので、違っててビックリしちゃって」

 違う意味に捉えたらしい桜小路さんにも分かるように、慌てて言い直してはみたけれど。

 フンッと鼻を鳴らした桜小路さんから、

「何を今更。既に菱沼から説明は聞いているはずだ。その説明に納得したから書類にも捺印してもらったと記憶しているが」
「……ッ」

至極もっともな言葉が返ってきて、何も返せなくなってしまい、私は肩を落としてぐっと押し黙るしかなかった。

「菱沼、そうだったよな?」

 それなのに、追い打ちでもかけるように、助手席の菱沼さんにバトンタッチされる始末。

「ええ、そうでございます。住み込みの件を渋っておられた菜々子様には、プライベートも確保し、最新の設備で、セキュリティーも万全だと説明し、ご納得いただけたはずですが」

 確かにあの時そう説明はされたものの、そういえば、どんなところかの説明はなかった。

 ーー端から私が勘違いするように仕向けたんじゃないの?

 そうだ。絶対そうに違いない。このまま言い負かされては堪らない、と反撃をしてみたものの。

「でも、どんなところかまでは聞いていませんッ! だから、あんな契約は無効だと思うんですが」

「そう言われましても、そのことに関しましても、このようにちゃんと書類にも記載してありますしねぇ。契約不履行には当たらないと思いますよ。ほら」

 助手席の菱沼さんから眼前にすっと差し出されたあの分厚い真っ黒なクリアファイルの書類には、確かに、『桜小路創様の所有する東京都○○区ーー』と、タワーマンションの住所までしっかりと記載されていて。

 今度こそ何も返せなくなってしまった私は、テンションだだ下がりで、地下駐から桜小路さんの部屋がある最上階まで専用のエレベーターで移動した。

 なんと、最上階どころか、このタワーマンションのまるごと全てが、桜小路家が所有しているというのだから驚きだ。

 といっても、桜小路家のご当主のお住まいである本宅は田園調布にあり、ここには桜小路家では、桜小路さんと執事兼秘書である菱沼さんしか住んではいないらしい。


 現在、あてがわれた一室にて、私は既に社員寮から運び込まれていた荷物の荷解きを進めながら何度も何度も溜息を零していたのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そこは優しい悪魔の腕の中

真木
恋愛
極道の義兄に引き取られ、守られて育った遥花。檻のような愛情に囲まれていても、彼女は恋をしてしまった。悪いひとたちだけの、恋物語。

憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~

けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。 私は密かに先生に「憧れ」ていた。 でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。 そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。 久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。 まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。 しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて… ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆… 様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。 『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』 「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。 気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて… ねえ、この出会いに何か意味はあるの? 本当に…「奇跡」なの? それとも… 晴月グループ LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長 晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳 × LUNA BLUホテル東京ベイ ウエディングプランナー 優木 里桜(ゆうき りお) 25歳 うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~

けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。 ただ… トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。 誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。 いや…もう女子と言える年齢ではない。 キラキラドキドキした恋愛はしたい… 結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。 最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。 彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して… そんな人が、 『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』 だなんて、私を指名してくれて… そして… スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、 『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』 って、誘われた… いったい私に何が起こっているの? パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子… たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。 誰かを思いっきり好きになって… 甘えてみても…いいですか? ※after story別作品で公開中(同じタイトル)

ケダモノ、148円ナリ

菱沼あゆ
恋愛
 ケダモノを148円で買いました――。   「結婚するんだ」  大好きな従兄の顕人の結婚に衝撃を受けた明日実は、たまたま、そこに居たイケメンを捕まえ、 「私っ、この方と結婚するんですっ!」 と言ってしまう。  ところが、そのイケメン、貴継は、かつて道で出会ったケダモノだった。  貴継は、顕人にすべてをバラすと明日実を脅し、ちゃっかり、明日実の家に居座ってしまうのだが――。

処理中です...