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#86 王子様からの贈り物 ⑵
しおりを挟む朝食後、それぞれに身支度を済ませた私たちは、都心のビルの上層階にある、”都会のオアシス”をコンセプトに造られたという水族館に来ていた。
エリアが海中・浜辺・天空の三つのテーマに分かれていて、テーマにちなんだ演出のなされた館内は、都会のビルの中にあるとは思えない、非日常を味わえる癒やしの空間となっている。
ここへ来るまでの車の中では、創さんにプレゼントしてもらった着慣れないクラシカルな淡いブルーのフレアワンピースの足元がスースーして落ち着かなかった。
勿論、後部座席に隣り合わせで座っている創さんの、見慣れたスーツ姿ではなく、真っ白なTシャツの上に爽やかなネイビーのコットンジャケットを羽織っただけだというのに、ファッション雑誌から抜け出したんじゃないかと思うくらいに格好良すぎる創さんの姿に、緊張してしまってたというのもある。
でもそれだけでなく、今日は一日中、ふたりきりなのかとドキドキしていたのだが、鮫島さんの運転するいつもの黒塗りの高級車だったので、ホッとしたようなちょっぴり残念なような、そんな心持ちでもあった。
けれども、そんなことよりも、車に乗ってすぐに創さんに肩を抱き寄せられて。
『俺の車でもよかったんだが、そうしたら運転中、菜々子に触れられないから鮫島に頼んだんだ。脇見運転して事故っても困るしな』
耳元で、甘やかな声音で悪戯っぽく囁かれ、たちまち真っ赤になってしまった私の頬に、チュッと軽く口づけた直後には。
『こういうこともできないしな』
そんなことを囁かれてそのまま膝の上にゴロンと頭をのっけられてしまえば、もう何かを考えるような余裕など霧散していた。
まぁ、そんなこんなで、初デートとあってか、これまで以上の溺愛モードとでもいおうか、激甘な創さんとの記念すべき初めてのデートがスタートしたのである。
慣れというのは恐ろしいもので、あんなに緊張しまくりだったというのに、いざ水族館に足を踏み入れてしまえば、私は無邪気な子供のようなはしゃぎっぷりを創さんに披露していた。
因みに、現在私と創さんが居るのは屋上にある天空エリアだ。
「うわぁ!? 凄いッ! 創さん、創さん。本当にペンギンが空飛んでますよッ!」
「ハハッ、そんなに何度も説明してくれなくても見れば分かる」
興奮しきりの私は、マップを片手に館内をエスコートするように私の腰に手を回して歩く創さんの腕をぐいぐい引っ張って、さっきから、抜けるように鮮やかなスカイブルーの空を水槽に閉じこめたかのように見える透明のトンネルの中を、気持ちよさげに泳ぐペンギンの姿に魅入っている。
そんな私のことを今朝と同じように軽く笑い飛ばして鋭いツッコミを入れながらも、創さんもとっても楽しそうにずっと破顔したままだ。
だから余計に私ははしゃいでしまっていたのだった。
お陰で、いい具合に緊張も解れて、いつしか創さんのツッコミにも、ムッとして言い返してみたり、時には顔を見合わせて笑い合ってみたりと、恋人らしいやりとりもできていたように思う。
これまで話したことがなかったことも話したりもした。
「そうですけど、こんなの見るの初めてなんですもんッ!」
「家族と来たことなかったのか?」
「はい。学校が休みの日は店があったんで」
「……あぁ、悪い。そうだよな」
時には、ちょっと踏み込みすぎて躊躇してみたり。
それをフォローし合うように、またお互いのことを話したりして。
「あっ、でも、子供の頃から母や伯母がお菓子作るの身近で見るのが好きだったのもあって、早く自分も作れるようになりたいって思ってたので。出かけたりするよりも、店の手伝いをする方が楽しかったんで、全然……って、ちょっと変わってますよね? へへっ」
「否、凄いことだと思う。きっとその頃から菜々子は今みたいに輝いてたんだろうなぁ」
「////……そっ、それはどうか分かんないですけど。創さんの方が輝いてますよ。もう、キラキラしすぎて眩しいくらいですッ!」
「……ん? あぁ、確かに。今日は暑いし、水面に反射するせいか、陽差しが余計に強く感じるのかもなぁ」
「……いや、まぁ、そうなんですけど……」
「暑いし、そろそろ屋内のエリアに行くか?」
「……はい」
意外にも、創さんがちょっと天然なところがあるということにも、気づくこともできたし。
初日から、緊張でどうなることかと案じていたけれど、すべては杞憂に終わって、文字通り"記念すべき初デート"となった。
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