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#89 王子様からの贈り物 ⑸
しおりを挟む創さんは、恐縮しきりの私のことを自身の広くてあたたかな胸にそうっと抱き寄せると、”銀食器が贈り物とされるようになった謂れ”を静かに語り始めた。
「ヨーロッパの貴族が銀食器を愛用していた理由の一つは、毒殺を未然に防ぐためだったと言われている。というのも、銀には、青酸カリなどヒ素化合物に触れたとき化学反応を起こすという性質があるからだ。それから、晩餐会など客人を招いたときに、毒など入ってないから、どうぞ安心してください。そんな意味もあったらしいんだ」
私は創さんの身体から直に伝わってくる穏やかな声音に耳を傾けつつ。
――あっ、そういえば、そんな話どこかで耳にしたような気がする。
それに、銀食器は長時間放置しておくと変色したりするため、しっかりと手入れする必要がある。
すなわち、手入れをしてくれる忠誠心のある家臣を雇う財力があることの証。また、それを誇示する意味合いもあるんだっけ。
そんな謂れから、銀食器を使う家に生まれた赤ちゃんは幸せになれるともいわれていて。
『銀のスプーンをくわえて生まれてきた赤ちゃんは幸せになれる』
そんな言葉があるのも知っていたし、出産祝いに銀食器を贈るようになったということも知っている。
――でも、それをどうして私に、このタイミングでプレゼントしてくれたんだろう?
創さんの言わんとすることが掴めなかった私は、創さんの胸から顔を上げ。
「その話なら聞いたことあります。確か、手入れも大変で、裕福な家でないと管理できないことからも。銀食器には魔除けの意味もあったり、幸せの象徴でもあり。貴族にとっては、ステイタスでもあったんですよね? だから、出産祝いにもなっているくらいですもんねぇ」
創さんの言葉に補足するようにして、とにかく何が言いたいかを早く引き出そうと、その先を促すために放った私の声に、
「あぁ」
穏やかな声音で答えてから、ゆっくりと頷いて見せた創さんの表情は、どこか寂しげで。
胸がキュッと締め付けられるような心地がした。
――それに、なんだろう? さっきから胸がざわざわして落ち着かない。
妙な胸騒ぎに苛まれた私の元に、創さんの穏やかな声音がふたたび静かに届くのだった。
「菜々子が言ったように、銀食器は幸せの象徴でもある。菜々子には、幸せになって欲しいんだ。そんな願いを込めて用意したモノだ。だから、遠慮なく受け取って欲しい。そして使うたびに俺のことを思い出して欲しいんだ」
創さんの声音がいつになく穏やかで静かなものであるせいか。
そしてまた、妙な言い回しだったせいもあって。
さっきから妙な胸騒ぎを覚えてしまっていた私は、何かを考えるまでもなく、無意識に言葉を放っていた。
「あのう、どうしてそんな、まるで、今日でお別れみたいな言い方するんですか? それに私、今、充分すぎるくらい幸せですよ?」
そうしたら、創さんは、急に可笑しそうに豪快に笑い始め、いつもうっかり者の私に笑い飛ばしながらツッコミをお見舞いするようにして。
「ハハハッ、なんでだよ。深読みしすぎだ。これから結婚するってのに、そんな訳あるはずないだろう? バカだな。
実は、この休みが終わったら、海外出張に行かなきゃならない。それで、このマンションに菜々子をひとり残してはいけないから、明日からしばらく実家に戻ってて欲しいんだ。恭平さんともゆっくり話したいだろうし。
まぁ、結婚前の家族団らんを楽しんで欲しいってことだ。それで、おそらく式の直前まで会えないと思う。その間、浮気なんてするなっていう、魔除けの意味と、今よりもっともっと幸せにしたいって意味でもあるし。それを使うときに俺のことを思い出して、俺の居ないあいだの寂しさを紛らわせて欲しいってことだ」
いつになく明るいおどけるような声音でそう言ってきた創さんの言葉に。
――なんだ。そういう意味だったんだ。急に変なこと言い出すから吃驚した。
でも、それならそうと、もっと早く言ってくれればよかったのに。
「もう! 吃驚するじゃないですか。どうして早く言ってくれなかったんですか?」
ホッと胸を撫で下ろしてすぐ、不服に思った私がムッとして放った声にも、創さんは可笑しそうに笑ってから。
「だってしょうがないだろう? 準備はいつも通り菱沼に任せてあったし、菜々子と過ごすのがあんまり楽しくて。俺もさっき、このカトラリーが届くまですっかり忘れてたくらいだからな」
少しも悪びれることなく、さっきの寂しそうな表情はなんだったのかと思うくらい、創さんの表情と声は、いつも以上に明るいものだった。
「なんだ。そうだったんですか」
確かに、私も初デートに浮かれまくっていたから、創さんの気持ちも理解できる。
だからその後は、これまで同様に、フォンダンショコラを食べさしあいっこしたりして、楽しいひと時を過ごしていたのだけれど。
その間にも、創さんと想いが通じ合ったあの夜から、抱きしめたりキスはしてくれるのに、私にそれ以上は一度も触れようとしない創さんのことが、どうにも気にかかっていたこともあり、もうすっかり意識はそちらへとシフトしてしまっていた。
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