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極道の妻として
極道の妻として⑬
しおりを挟むようやく気持ちを伝えることができたのに、尊からは『好きだ』という言葉はもらえなかった。
照れている素振りはあったが、はぐらかされているような気がしないでもない。
でもよく考えてみれば、それはしょうがないのかもしれない。
ずっと隠してきたのに、あっさりバレてしまい、なにもかもの予定が狂ってしまったのだ。
その状況の変化に対応できないだけなのかもしれない。
混乱し取り乱してしまった美桜のように。
それでも尊は、感極まっていきなり胸にダイブした美桜に怒声を放ったものの、力強くしっかりと抱き留めてくれた。
今だってこうしてソファに寄り添い合うように寝転んで、美桜のことを大事そうに包み込んでくれている。
こうして尊の傍にいられるだけで、凄く安心する。なにもかもがどうでもよくなってくる。
この人が傍にいてくれたら、もうなにもいらない。
もしも尊が極道者となった自分のことを気にしているのなら、全部取っ払ってあげたい。
尊が極道者であろうと、そうでなかろうと、尊は尊だ。
尊が極道者である以上、それを傍で支えてあげたい。
その覚悟ならとっくにできている。
そのことを尊にもわかっていて欲しい。
そうでなければ本物の夫婦になんてなれないどころか、尊がいなくなってしまう。
ーーそんなの嫌だ。
尊の胸にぎゅっとしがみついたまま美桜は思考を巡らせていた。
そこへ尊からいつもの笑み混じりの揶揄い口調が投下され美桜はハッとする。
「さっきまで泣いてたクセに、えらくご機嫌だな。俺のことを可愛いだなんて、血迷ったこと言うし」
どうやら『可愛い』と言われたことが面白くないらしいが、そんなことはどうでもいい。
弾かれたように顔を上げた美桜は、尊になんとかこの想いを伝えようと必死に言い募る。
「だって、ずっと会いたかった初恋の人が尊さんで、同じようにずっと好きでいてくれてたなんて、こんなに嬉しいことはないです」
すると、この期に及んで尊はすっとぼけようとする。
「ちょっと待て。誰がずっと好きだったと言った? 俺は可愛い妹だとしか言ってないぞ」
ーーでもそうはさせない。今までの私とは違うんだから。
「え、でも、お祖父さまの話だと、今も昔と変わらず好いてくれてるって」
「あれは、お前の爺さんが勝手にそう思い込んでたってだけだろ」
「でも、可愛いとは思ってくれてたんですよね?」
「ま、まぁな。未来の結婚相手だったし、お前にも酷く懐かれてたからな。もういいだろ。こうして一緒にいられるんだし」
意気込んで尊に食い下がろうとする美桜に、尊はやはりのらりくらりと交わそうとする。
ーーもうこうなったら真正面からぶつかってやる。駄目でも絶対に諦めたりしないんだから。
「はい。そうですね。とっても嬉しいです。だからずっと一緒にいたいです」
想いが急くあまり真っ向から本日二度目のダイブを決行してしまう。
それでも尊は美桜の突飛な行動に驚きつつも、しっかりと抱き留めてくれる。
「おっと。だから急に飛びつくなって」
その焦った声が抱きついた尊の胸からじんわり伝わってくる。
鼓動だって駆け足状態だ。
ーーちょっと飛びついただけで焦ってこんなに動揺してるクセに、どうしてそんなに頑ななの?
腹立たしく思う反面。それだけ美桜のことを大事にしてくれようとしてくれているのだと思うと、嬉しくもある。
お陰であんなにムキになっていた気持ちが嘘だったかのようにスーッと穏やかに凪いでいく。
素直な気持ちで尊に向き直った美桜は、今の気持ちを真っ直ぐに紡ぎ出す。
「尊さん」
「ん?」
「私のことを助けてくださり本当にありがとうございます。私、極道の妻に相応しくなれるよう頑張りますから」
「いや、お前はそんなこと気にしなくていい。お前はそのままでいてさえくれればそれでいい」
美桜の想いが尊に通じたのか、これまではぐらかしていた尊の口調が真剣なものにがらりと変化した。
それは以前、美桜と一線を画そうとしていたときのものと似ている気がして。
「……それって、いつか私の元からいなくなっちゃうからですか?」
なにかを考えるよりも先に言葉が口をついて出てしまっていた。
「……あっ、いや」
尊は、まさか美桜にそんなことを言われるとは思いもしなかったのだろう。
虚を突かれたように瞠目し、柄にもなく言葉を詰まらせる。
必死だった美桜は、なりふり構わず、畳みかけるようにして尊に矢継ぎ早に言い放つ。
「違うって言うなら、今すぐ約束してください。なにがあっても絶対傍にいてくれるって。そしたら好きだって言ってくれなくても許してあげますから。仕事だって今以上に励みますから。だから今すぐ約束してくださいッ」
すると尊は観念したというように渋々了承してくれた。
「わかった。約束する」
だがそう簡単に安心などできるはずもなく、尊をキッと強い眼差しで捉えて念を押す。
「本当ですか?」
「ああ。お前に泣かれるのは御免だからな」
正面から見据える美桜のことを尊も真っ直ぐに見つめ返ししっかりと応えてくれた。
だが美桜が安堵しかけた矢先。
「それにしても、お前って昔からそういう妙に強情なところがあるよな。いや、昔以上か」
尊の呟きが耳に届いたことでさっきまでの威勢なんて吹き飛んでしまう。
胸のなかはたちまち不安一色に覆い尽くされていく。
「嫌ってことですか?」
恐る恐る出した声も頼りないものだった。
けれど尊と話しているうち、いつものように尊のペースに引き込まれていく。
「いや、そうじゃない。お前は昔も今も充分可愛いから安心しろ。俺が保証してやる」
「本当ですか?」
「ああ、本当だ。お前にこうして触れられているだけでこうなるくらいにな」
「ーーひゃっ!?」
「これで形勢逆転だな」
美桜が尊の男性特有の反応にあたふたしている間に、既に尊に組み敷かれていた。
同時に、形のいい唇に不敵な微笑を湛えた尊の重低音が響き渡ったことで、途端にふたりの周辺には甘やかな雰囲気が立ち込める。
しかも、お互い湯上がりのため浴衣姿である。
尊の浴衣の胸元がはだけてしまっているせいで、ボディーソープの甘やかで濃厚な薔薇の香りが鼻腔を擽る。なんと言っても色気が半端ない。
浴衣を纏った尊の圧倒的な色香に当てられてしまった美桜は、飲酒もしてないのに酔ったようにくらくらし始める。
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