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極道の妻として

極道の妻として⑪

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 少しずつ歩み寄ってくる尊の姿を万感の想いで見つめながらも、頭の片隅で冷静なもうひとりの自分がどう切り出そうかと思考を巡らせる。だが思いつくより先に、尊から思いの外軽快な声がかけられた。

「今日は寝落ちしてなかったんだな」

 なにかと思えば、一月以上前の、プロポーズ当日のたった一度の失態を持ち出してくるなんて、あんまりだと思う。

 だがそれだけじゃない。

 尊の過去を知ったことで、もしかしたら、尊との再会はただの偶然ではなかったかもしれない。

 ーーそれって初めから私のことを助けるつもりだったのかも。

 もしかしたら、兄の友人だと思い込んでいた、あの人は尊だったのかもしれない。

  ーーもしそうなら、初恋の相手が尊さんだなんて夢見たい。これってもうこうなる運命だったんじゃないのかな。

 そう思うと、嬉しくてどうしようもない。

 胸がいっぱいで、こんなにもギュッと締め付けられて、息苦しいほどだというのに……。

 どうして尊はそんなに平然としていられるのだろうか。

 それに、それならそうと、再会したときに教えてくれてもよかったではないか。

 確かに、尊は極道者だし、住む世界が違うという想いもあったのかもしれないけれど。

 ーーそれでも教えて欲しかった。

 なにも話してくれなかった尊に対しての憤りがどうしてもつき纏う。盛大にむくれた美桜はふくれっ面で尊への渾身の抗議を繰り出した。

「酷い! それじゃまるで、私が寝落ちの常習犯みたいじゃないですかッ!」

 そのつもりだったはずがーー。

 一方では、そうしなかったということは、いずれなにも言わずに美桜の元からいなくなってしまうつもりだったのではないか。

 もしかしたら、今もそのつもりなのではないか。

 そう考えると、これまで妙に引っかかっていた諸々の辻褄が合っている気がしてーーそれが怖くてどうしようもない。

 だからって、色んな情報が一気に押し寄せて混乱した頭では、どうしたらいいかもわからない。

「本当に……酷い。あんまりです」

 今の今まで胸に充満していた嬉しさよりも、憤りよりも、どこからともなく後から後から湧き出てくる不安の方が上回ってくる。それらが涙とともにぶわっと込み上げてくる。

 それはタガが外れたかのように溢れ出す。顔を両手で覆い隠しても止まることはなく、とうとうポロポロと大粒の涙が零れはじめた。

 すると慌てた尊が隣に腰を下ろしてくると、ふるふると震える身体を優しくふわりと包み込むようにして広くてあたたかな胸に抱き寄せてくれる。泣き顔を見られたくなくて、胸にぎゅっと抱きつくと、頭を大きな手でポンポンしながら耳元に甘く低い声音で囁きかけてくる。

「ちょっと揶揄っただけでそんなに泣くなよ。そんなことでメソメソ泣いてばかりいたら、幸せが逃げてくぞ」

 それが昔かけてくれたものと同じだったことで、余計に火がついたように泣きじゃくる。尊はふっと笑みを零すと笑み混じりの優しい声で揶揄してくる。

「なんだよ。昔のまんまだな。もう泣かなくなったんじゃないのか?」

「これは嬉し涙だからいいんですッ!」

 いつも通りの尊の態度に思わずムッとして涙目で睨みつけて言い返すと、尊はどこか嬉しそうにほわりと柔らかな笑みを浮かべて、涙に濡れた顔をそうっと手と優しい口づけとで拭い始める。それは泣き疲れた美桜の気持ちが落ち着くまで続けられた。
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