狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜

羽村美海

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ヤクザと政略結婚!?

ヤクザと政略結婚!?⑫

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 それなのに、数秒が経過しても、肝心な尊からはなんの言葉も返ってはこなかった。

 それだけじゃない。

 どういうわけか、さっきの自分のように、呆然として、その場で凍り付いてしまったように動かない。

 一体、どうしてしまったのだろう。

 あまりにも突拍子もないことを言ったために、困惑しているのだろうか。

 待てど暮らせど黙りこくったままで、微動だにしない尊に痺れを切らした美桜は声をかけてみる。

「あのう、尊さん。聞いてます?」

 すると尊は、ようやく正気を取り戻したように、「……あ、ああ」と返答しつつも、まだどこか上の空だ。

 ーー私、そんなに変なこと言ったのかな? もしかして、あまりに幼稚すぎて、信じられないとか?  もしくは呆れ果ててるとか。

 尊の態度に、美桜が首を傾げて考えあぐねているところに、ようやく尊からまともな返答があった。

「お前、そんな昔のこと覚えてたのか?」

 けれどまさかそんな質問をされるとは思わなくて。

「ーーえ? あっ、はい。頭をポンポンって撫でてくれた手と声がとっても優しかったし。無邪気に笑った顔が印象的で、忘れられなくて」

 そう応えるのが精一杯。尊がどうしてそんなことを口にしたかなど、考えも及ばない。

「笑った顔って、お前、顔まで覚えてるのか?」

 自分の言葉に、酷く驚いている様子の尊の異変よりも、尊からの質問に対する答えを、不明瞭な遠い記憶の中から掻き集めることに全神経を集中させていた。

「……いえ、そこまでは。っていうか、顔も名前もまったく思い出せないんです。ただ、兄の友人だったってことぐらいしか」

 けれど、何度、遠い記憶の欠片を手繰り寄せようとしても、どれも曖昧で、眩い光の中で、蜃気楼のように、朧気な輪郭が揺らめいて見えるだけで、はっきりしない。

 もしもその人に再会できたとしても、きっと思い出せはしないだろう。

 そう思うと、酷く悲しくて、泣きたくなってきた。目の周辺がじんわりと熱くなってくる。

 ーー駄目だ。こんなことで泣いてる場合じゃない。

 その人の記憶がなくても、メソメソなんかしない。

 泣いててもなにもはじまらないし、かけてもらった言葉通り、幸せが逃げていくだけだ。

 これからは、尊さんの傍で幸せになるためにも、これまでよりもしっかりしないといけない。

 でないと、いくら政略結婚だからって、極道組織の若頭である尊の妻としての務めなんて果たせないだろう。

 美桜は、泣くのを我慢するのに必死だった。

 なんとか泣くのを堪えようと、美桜はぐっと奥歯を噛み締める。

 すると尊が頬にすっと手を差し伸べてきて。そうっと慰めるように優しく、美桜の頬を撫でながらボソボソと呟きを零した。

「……だろうな。子供の頃の記憶なんてそんなもんだ。いくら戻りたくても、過去には戻れないし。思い出さないほうがいい記憶だってある」

「え? それってどういう」

 とても小さな声だったために、全てを拾うことは叶わなかったが。

 そのときの尊の表情が、一瞬、安堵したように見え、かと思えば落胆したようなものへめまぐるしく変化して。

 それがあまりに悲しそうで……。

 おそらく、両親を亡くしていると言っていたから、そのときのことでも思い出してしまったのだろう。

 無意識に問い返してしまったものの、そう思うと、それ以上かける言葉など見つからない。

 どうしたものかと思っていると、美桜の思考を邪魔するようにして、いつもの無表情を決め込んだ尊から再度質問がなされた。

「いや。そんなことより、さっきの話だ。お前言ったよな? 俺には借りを作りたくないだけだって」

「は、はい。言いましたけど」

「その、兄貴の友人とかいうそいつのことが好きなのに、好きでもない俺に抱かれてもいいのか?」

 尊から次々に投げかけられる問に答えているうち、尊がなにを気にしているかが判然としてくる。

 ーーこの人は私の気持ちを何よりも気にかけてくれてるんだ。

 やはりこの尊という人がとても優しい心の持ち主だと言うことを改めて確信した。

 同時に、自分の尊への気持ちを再確認する。

 ーーやっぱり、この人のことが好きだ。ずっと傍にいたい。いつかこの人の家族になりたい。

 そのためにも今は、この人を好きだというこの気持ちを隠し通さなければいけないーー。

「だって、顔も名前も覚えてないんだから、しょうがないじゃないですか。そんなことより、尊さんに借りを作ったままなんて嫌です。政略結婚なんだし、お互いフェアじゃないと。違いますか?」

「わかった。お前がそこまで言うなら、心置きなくそうさせてもらう」

 ようやく尊も納得してくれたようで、ほっとし一息つく間もなく。

「はい!」

 キッパリと返した美桜の返事を聞き入れた尊から。

「なら、手始めに一緒に風呂に入るってのはどうだ? どうせもうすぐ夫婦になるんだ。周りの目を欺くためにも、お前も、少しはこういうことに慣れとく必要があるしな」
「////ーーッ!?」

 思いもよらない提案をされてしまい、美桜の思考も何もかもが瞬時に吹き飛んでしまう。

 それに、なんだろう。

 さっきまでとは違って、尊が心なしか嬉しそうに見える気がするのは、気のせいだろうか。
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