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突然の乱入者

突然の乱入者③

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 先ほど感じてしまった直感が正しかったと、美桜が身をもって実感したのは、それからほどなくしてのことだ。

 薫の提案により、若いふたりーー美桜と見合い相手である佐久間さくますぐるだけでゆっくり話を交える席が用意されているという、高級料亭『まつや』の奥座敷へと若女将に案内された美桜は、広い部屋でひとり待たされていた。

 当然、優も一緒に来るものだと思っていたのだが、仕事のことで事務所に一度連絡を入れないとならないとかで、美桜だけが通されたのである。

 住み慣れた天澤家の数寄屋造りの母屋を思わせる、しっぽりと趣ある雅な和室は、奥まったところに位置するせいかやけに静かで落ち着かない。

 なんだか、外の世界から隔離でもされているような心地になってくる。

 入り口と縁側に面した雪見障子からも、さっきまで通されていた部屋と同じく、和風庭園を臨むことができる。

 残る二面のうち一つは壁、もう片方は襖になっているのだが、その襖がどうにも気になってしまう。

 ーーなんだかドラマでよくある展開が待っていそうな部屋だな。もしかして布団でも敷かれていたりして。ま、まさかね。

 そんなことを思ってしまったせいか、時代劇でお馴染みの、若い娘が悪代官に手籠にされる場面が脳裏に浮かできてしまう。

 美桜は、慌てて頭をふるふると振って、可笑しな思考を追い払った。とその時、入り口の雪見障子が開け放たれ、そこから姿を現したのは、優ではなく、大物代議士の優太郎ゆうたろうだったことに、美桜は戸惑いを隠せない。

 少し前に見てしまった、優太郎の厭らしくギラついた視線をまともに目の当たりにしてしまったせいだ。

「いやぁ、待たせて悪かったねぇ。美桜さん」

 優太郎の声を耳にした途端に、すっかりなりを潜めていた嫌悪感と恐怖感までがぶわっと湧き起こってくる。

 知らず知らずのうちに、正座を崩し、手を後ろ手についてしまっていた美桜の背中には、嫌な汗が滲んでいる。

 そんな美桜の姿を射るような強いギラギラとした眼差しで見下ろしながら、後ろ手に引き戸を閉ざした優太郎は、美桜にじりじりと近づきながら、今回の見合いの真の目的を暴露しはじめた。

「息子は、少々困った性癖の持ち主でねぇ。何というのかなぁ。アロマだか、ロマンチックだかなんだか知らないが。他者に恋愛感情を抱けないんだそうだよ。そこで、君に偽装の妻を演じて貰いたくてね。でもそうなると、若い君にとっては色々と辛いだろうからねぇ。ああ、安心なさい。息子の代わりに私が君の欲求をたっぷりと満たしてあげるからねぇ」

 そうしてニヤついた脂ぎった顔もそのままに、ねっとりとした視線同様、粘着質のある厭らしい声を響かせつつ、じりじりと美桜との距離をなおも詰めてくる。
 
「いやぁ、それにしても美しい。肌なんか透けるように綺麗だねぇ。こんなに若くて美しいお嬢さんをこれから意のままにできるなんて。可笑しな性癖を持った息子に感謝しないといけないねぇ」

 頭が混乱しつつも、その言葉の意図を理解した美桜は、身の危険を覚え、なんとかこの場から逃れようとするも、あまりの恐怖にガタガタと震える身体が思うように動いてくれない。

 ーーヤダッ! 来ないで!

 美桜の心の叫びも虚しく、正面に立ち塞がるようにしてにじり寄ってきた優太郎が怯え切っている美桜の頬に手で触れようとした刹那。

 バタンッという豪快な音とともに、入り口の雪見障子が開け放たれた。

 驚いた美桜が見遣った先には、ダークスーツに身を包んだ三人の目つきの悪い男たちが部屋に押し入ってくる様が見て取れる。

 ひとりは厳つい顔に大きな傷のある大柄の男。ふたり目は中肉中背の優男風。三人目に至っては、やけに整った顔をしている。

 だが、皆一様に威圧感があり、眼光が鋭く、独特な雰囲気を纏っているように見える。

 背後に振り返った優太郎もそれを視認するや、驚きながらも大物代議士だと感じさせる不遜な声で出迎えた。

「なっ、なんだッ! お前たちはッ!」

 けれども突然の乱入者は、一切怯むことはなく、優太郎のことを一瞥したやけに整った顔をした男がフッと一笑し、優男に目配せした直後。

 首肯した優男が優太郎を見据え、傍にあった木製の座椅子を蹴り上げると同時、底冷えのする迫力満点の鋭い重低音を轟かせたことにより、優太郎の態度が一変することになる。

「息子の見合いの席で、しかもその相手の味見をするようなゲスに、お前たちなんて呼ばれる筋合いはねーんだよッ。そんなことより、うちの舎弟を妙なことに巻き込んだ落とし前、きっちりつけてもらおーかッ!」

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