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#44 狼王子と甘く蕩ける初夜を ⑴ 微✱
しおりを挟むついさっきまであんなに複雑な心境だったはずなのに……。
クリスとこうして甘いキスを交わしていると、何もかもが取るに足らないちっぽけなことのような気がしてくるから不思議だ。
甘やかで熱いキスを交わしているうち、吐息が弾み、深まるキスに思考は蕩け、身体からはくたりと力が抜けてゆく。
カクンと膝が折れた私の身体をクリスがしっかりと逞しい腕で抱き寄せ支えてくれている。
いつしか私はクリスの広くてあたたかな胸へと、なにもかもすべてを委ねるようにしてしなだれかかっていた。
ーーあぁ、幸せだなぁ。幸せすぎて、今にも蕩けてしまいそう。
クリスとの甘美なキスに酔いしれているうち、身も心もすっかり新婚モードに切り変わった頃、不意にクリスの唇が離れてしまい、互いの唇を銀糸が繋ぐ。
艶めかしくしっとりと濡れた唇から、クリスの滾るような熱情がフッと消え去り、無性に寂しさを覚えた。
そこにクスッと笑みを零したクリスから、いつもの甘やかな声音で不意打ちのように問い掛けられ。
「そんな泣きそうな顔して、僕と離れるのがそんなに嫌なのかい? ノゾミ」
「うん、嫌。クリスとずっとずっとくっついていたい。片時も離れていたくない」
私は間髪入れずに即答し、クリスの胸にギュッとしがみついていた。
クリスは私のことを愛おしそうに、慈愛に満ちた眼差しで見遣ると、再び嬉しそうに笑みを零し、私のおでこに自身の額をコツンとくっつけてくる。
「嬉しいなぁ。僕もだよ。でも、安心して。場所を移動するだけだから。だからね? ノゾミ。少しだけ我慢してくれる?」
そうしてやっぱり甘やかな声音で優しく囁きかけてくれる。
クリスの蕩けるような甘やかな微笑に魅了され、さっきのキスで蕩けた頭には、すべての言葉など入ってはこない。
私は脊髄反射のごとく無意識にコクンと顎を引いていた。
その次の瞬間。身体がふわりと浮遊しており、クリスに横抱きにされたのだと頭が理解した時には、天蓋付きのふかふかのベッドの上へと横たえられていた。
一瞬の出来事に、目を瞬いた先には……。
幼い頃によく読んでいた絵本に出てきていたのと、よく似た光景が広がっている、
お姫様が使うような天蓋付きのベッドだけじゃなく、教科書や美術館などで目にするような、凝った彫刻が施された柱にはじまり、なんとも豪華で気品溢れる広い部屋に、芸術品のようなアンティーク調の家具が取りそろえられていた。
高い天井に吊られたシャンデリアには、明るすぎず暗すぎず、柔らかな明かりが灯されている。
勿論、これまでも何度か訪れたことはあった。
けれど、それは大抵昼間だったし、婚礼の儀が終わるまではお互い準備に追われていたため、こうしてふたりきりで過ごすのは、あの王都での夜以来、三ヶ月ぶりだ。
さっきまでクリスと正式に夫婦となって初めて過ごす特別な夜だと思うと妙に気恥ずかしかったはずが……。
なんだか夢の中にいるような、そんな不思議な錯覚を覚えてしまう。
異世界に召喚されたのも、こうしてクリスと一緒にいるのも、すべてが夢であるかのよう。
途端に不安になってくる。
ーーお願い。どうか夢なんかじゃありませんように。
縋るような気持ちで、今まさに私のことを組み敷こうとしていたクリスの夜着をギュッと掴んでしまっていた。
「ノゾミ? どうしたの?」
「幸せすぎてなんだか夢みたいで、凄く怖いの」
一瞬、面食らったように動きを止めたクリスが私のことをふわりと包み込むようにして抱きしめてくると。
「大丈夫だよ、ノゾミ。僕が絶対に夢になんてさせない。ノゾミがそんな風に思えないくらいたっぷりと愛してあげる。余裕なんて与えてあげるつもりもないから覚悟してね。ノゾミ」
しっかりとした口調でキッパリと宣言してくれる。
最後には、時折見せる悪戯っぽい微笑と口調とをお見舞いしてきて、にっこりと甘やかな極上の微笑を満面に綻ばせる。
そのなんとも蠱惑的なクリスの微笑に魅入られてしまった私は、再開されたクリスとの甘美なキスにしだいに酔いしれていった。
そうして気づいた時には、クリスによって夜着は寛げられ、この日のために夜着とセットで仕立ててもらった、薄桃色の『天使の羽衣』だけを纏ったあられもない姿をクリスに披露してしまっている。
その様をクリスは熱を宿した蒼く澄んだ瞳でマジマジと見下ろしてくるから、恥ずかしくて堪らない。
「これがノゾミが考案した『天使の羽衣』なんだね。ノゾミと同じでとっても可憐で愛らしいねぇ。見ているだけで堪らない気持ちになってしまうよ」
そこにうっとりと恍惚な表情を浮かべたクリスがなんとも悩ましげな声音を零した、かと思った時には、人の姿ではなく、狼の獣人の姿へと変貌を遂げていた。
クリスと甘やかな初夜に身を投じる前に、手短に説明しておこうと思う。
どうやらクリスは、興奮したり、怒ったりというように、感情が高ぶると自我をコントロールできなくなって、狼獣人の姿になってしまうようだった。
家族の話によれば、幼い時分や思春期の多感な頃には、よくそうなっていたらしいが、大人になってからは他人に心を閉ざしていたせいか、そういうこともなくなっていたようだ。
そういう意味でも、クリスにとって私は特別な存在であるらしい。
そんなことからも、家族だけでなく周囲の目に私は、『さすがは聖女様』という風に特別な存在として映っているらしい。
聞けばその昔、狼を神として崇めていた名残なのだと、国王夫婦はどこか誇らしげに仰っていた。
王都で互いの気持ちを確かめあった初めてのあの夜同様、本人には、その自覚はないようで、行為は中断されることなく粛々と続いてゆく。
こうして、もう見慣れてしまった気高く美しい狼獣人となったクリスとの行為に、私はしだいと溺れていったのだった。
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