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#43 王子様と幸せになるために
しおりを挟むクリスのいうように、泣いたりしないように、私はずっと寂しいと思う感情を胸の奥底に押しやってきたのだろう。
そうすることで、思い出したくないモノに蓋をしてきたのかもしれない。
ある日突然、地震に巻き込まれたと思ったら、異世界に聖女として召喚された挙げ句に追放されたけれど、心優しいルーカスさんに救ってもらったお陰で、のんびり穏やかに暮らすことができた。
そのなかで、現実から目を背けてきたのだろう。
元いた世界とはまったく異なる異世界での暮らしに早く慣れることができたのは、間違いなく、物心ついた頃から厳しく育ててくれた両親のお陰だ。
両親は、私のことを心配する余り、過干渉になってしまってただけで、別に愛情がなかったわけではなかったのかもしれない。
学歴に拘っていたのだって、自分たちが努力して安定した職に就けたように、私たちにもそういう安定した道を歩んで欲しい。
少々やり方は間違っていたり、強引だったかもしれないけれど、きっとそういう思いからだったに違いない。
そのことを裏付けるかのように、遠い記憶の中には、両親に連れて行ってもらった両親の実家や様々な場所での楽しかった記憶が微かに残っている。
クリスというとても大切な人と出会い、恋に落ちて、こうして夫婦となったからだろうか。
よくはわからないが、異世界に来てやっと自分の居場所を見つけることができたからだと思う。
ここに来てからというもの、クリスの優しいご両親や兄妹との仲睦まじい様子を見ていると、幸せだった頃の両親との思い出が時折ふっと呼び起こされるようになった。
私がいなくなったあと、きっと両親は悲しんだに違いない。
もしかしたら今も悲しんでいるのかもしれない。
そう思うと、胸が苦しくなってくる。
できることなら、存在する場所は違っても、今こうして元気でいることを知らせたい。
ちゃんと自分の居場所を見つけて、大切な人とも出会って、今日結婚したこと。
今、とっても幸せだと。今まで育ててくれてありがとう。そう伝えたい。
無理だとは思いつつも、そう願ってしまう。
どんなに願ったところで絶対に叶わないとわかっていても。
なぜなら、元の世界に戻れたとしても、両親とわかりあえることなど、あり得ないからだ。
また自分も両親のようにならないとも限らない。とも思う。
決して昇華されることのない、なんともやるせない気持ちだけが、心の奥底に澱みのように募ってゆく。
そんな私の気持ちごと優しく包み込んでくれるみたいに、終始聞き役に徹してくれていたクリスが何度も何度も飽きることなく優しく背中を撫で続けてくれている。
思えば、まだクリスが狼の子供の姿だった時から、ずっと傍で寄り添ってくれていた。
クリスの年齢は、私よりも二つ年上の現在、二十一歳。
たった二つしか離れていないのに、既に王族として政務にも携わっているせいか、包容力があって、とっても頼りがいがある。
そんなクリスのためにも、少しでも妻として妃として、恥ずかしくないように、少しでも助けになれるような存在でありたいと思う。
お互いがお互いの助けとなれるように、力を合わせて、共に人生を歩んでゆきたい。
やがて子供にも恵まれて家族が増えてゆくのだろう。
この異世界で自分らしく精一杯生きてクリスと家庭を築いてゆきたい。
私の両親と同じ道を辿らないためにも、自分なりに目一杯幸せになってみせる。
ずっと傍で支えてくれるクリスのお陰で、ようやくそう思えるようになれた。
もうこれからは、何があっても大丈夫。
もう行動を起こさずに諦めて、ただ流されていた、あの頃の自分じゃない。
大丈夫。私はこうしてちゃんと変わることができたのだから。
クリスに胸の奥底に仕舞い込んでいたモノを何もかも曝け出すことができ、一頻り泣いて気持ちも幾分落ち着いてきた頃。
この夜のために仕立ててくれた素敵な夜着の袖で涙を拭おうとしたら、クリスが濡れた頬を指で優しく拭いながら、いつもの優しい甘やかな声音で囁きかけてきた。
「ノゾミ。夫婦になったからには、僕はノゾミに寂しい思いなんてさせないからね。たくさん子供をもうけたら、寂しいなんて言ってるような暇なんてなくなるはずだよ。だから、できるだけたくさん子供をもうけようね」
「////ーーへッ!? こ、子供?」
ただでさえ、初夜ということで意識していたというのに……。
そこへきてのクリスからの子作り発言に、頓狂な声をあげた上に、顔どころか全身がカッと熱せられてしまう。
そんな私のことなど気にもとめない素振りで、クリスは尚も私の羞恥を煽るような言葉を放ってくる。
「あぁ、心配しないで。この国の男は皆、子作りにも子育てにも積極的だからね」
これらはきっと、さっきまでの湿っぽい雰囲気を払拭するためのクリスの気遣いであるのだろうが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「////……こっ、子作り」
些細な言葉にも真っ赤になって、いちいち反応を示してしまう。
羞恥に顔を紅潮させて身悶える私のことを愉快そうに見下ろしつつ、クスクスと笑みを漏らすクリスのことが恨めしく思えてきた。
思わずムッとして上目遣いに睨みつけると、いつもの調子ですぐに謝ってくる。
「ノゾミは可愛いなぁ。すぐそうやって真っ赤になるから、つい意地悪を言ってしまうよ。ごめんね」
『可愛い』なんて言っても許してあげないんだからと、フェアリーの口調を真似て怒ってみる。
「クリスってば。もう、知らないッ!」
「そんなに怒らないでよ、ノゾミ。こんなことでノゾミとの大事な初夜を台無しにはしたくないんだ。本当にごめん」
けれどさっきまでの飄然とした態度から、急に甘やかな雰囲気を纏ったクリスに綺麗なサファイアブルーの瞳で熱っぽく見つめられれば、怒る気も削がれ、何も言えなくなってしまう。
これが計算だったとしたら、私には太刀打ちなんてできないだろう。なんて思いつつも、それも悪くはないなんてどこかで思ってしまっている。
「もう怒ってない」
すぐに許してクリスの胸にギュッと抱きついてしまう私は、すっかりクリスという底なしの沼にどっぷりと嵌まっているらしい。
「ありがとう、ノゾミ。愛してやまないノゾミのためなら、僕は何だってするよ。以前言ったように、この身を捧げても構わない。今も変わらずそう思っているよ。この世で一番ってくらい幸せにするつもりだからね」
「ありがとう。私もクリスのためなら何だってできる。この身を捧げてもいいって思ってる」
「同じ気持ちでいてくれて嬉しいよ。ありがとう、ノゾミ。愛してるよ」
「うん、私も。愛してる」
いつしかクリスに蕩けそうなほど甘やかな声音で愛を囁かれ、それに応えた私の愛の言葉に、うっとりとするほど綺麗な微笑を湛えたクリスに優しく包み込まれた腕の中で、どちらからともなく唇を寄せ合い口づけを交わしていた。
そんな私たちのことを麗らかな春の柔らかな風がそよそよと優しく撫でてゆく。
夜空を煌めく星たちが彩り、ふたりを取り巻く空気がよりいっそう甘くロマンチックな雰囲気を醸し出し、あたかもこれからの素敵な夜を演出してくれているかのよう。
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