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#40 聖女の力

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 レオンが姿を消してしばらくすると、家の周辺にいる男らがにわかにざわめきはじめた。

 けれどもここからでは、レオンの様子を窺い知ることができないので、どうにも落ち着かない。

 ドクドクと嫌な音を立て続ける胸をギュッと手で抑え、堪えしのぐことしかできないでいた。そこへ。

「お嬢様、こちらをご覧ください」

ソフィアさんが、掌サイズの手鏡のようなものをこちらへ差し出してくる。

 ーーこんな時に手鏡なんてどうするつもりだろう?

「なんですか?」
「覗いてみればわかりますよ」

 ソフィアさんのことを訝しげに見遣っていると、覗くよう促され、恐る恐る覗き込んでみる。

 するとそこには、狼の獣人姿で剣を構えるレオンと縄で拘束されたルーカスさんの姿が映し出されていた。

「ええッ!? レオン? それにルーカスさんまで。あれ、でも、フェアリーとピクシーがいない」

 どうやらこれもソフィアさんの魔法であるらしい。

 驚いたのも束の間、ふたりの姿が見えないことに動揺する私に、ソフィアさんから再び放たれた声により。

「この隅をご覧ください」

 フェアリーは部屋の隅に置かれた鳥かごに閉じ込められ、ピクシーはその脇に、ロープで縛り上げられていることが確認することができ、とりあえず無事であるとわかり、私は安堵の息を漏らした。

 と、その時、あの我儘王太子の声が意識に割り込んできて、

「この男がどうなってもいいのか? 一歩でも動いてみろ。その時はこの男の首をはねる」

私はハッとし息を呑んだ。

 慌てて手鏡を覗き込むと、召喚され追放された際にも見かけた、あの恰幅のいいおじさんを片手で制しているレオンが、ルーカスさんに剣先を向けた王太子の言葉に動きを止める様が映し出された。

 そこへ再び王太子の声が放たれる。

「その剣をこちらに渡してもらおうか?」

 レオンは王太子を見据えたまま押し黙っている。

 数秒間沈黙が流れ、痺れを切らした我儘王太子が苛立った声を放った。

「おい、さっさとしろッ!」
「わかった」

 それに返答を返したレオンが指示に従い足元に剣を投げ捨てる。

 周辺の男らが駆け寄りレオンに縄を打ち、王太子の目前で跪かせた。

 するとレオンのことを蔑むようにニヤリとした表情で見下ろした王太子が可笑しそうに吐き捨てる。

「お前があの有名な、モンターニャ王国の汚点ともいうべき、獣人の血を継ぐ第二王子のクリストファー・パストゥールか。忌々しい蛮族が王子とは笑えるな」

「フンッ。どうとでもいえばいい」

  レオンは、王太子に何を言われようと、特段気にもとめてないというように、相手にはしていないようだ。

「そんな口をきけるのも今のうちだ。我がマッカローン王国が支配下に置けば、お前などただの獣だ」

 けれど自国を支配下に置くという言葉には、黙っていられなかったのだろう。

「そんなことはさせない。聖女であるノゾミだって絶対に渡さない。この命に代えても絶対に」

 レオンは王太子のことを正面から見据え、鋭い眼光を放ちつつ、低い声を響かせた。

 その言葉を耳にした刹那、私の胸がぐっと熱くなる。

 けれどそんな些細なことに感激している私の邪魔でもするかのようなタイミングで。

「ハハハッ、できるものならやってみるがいい」

 馬鹿にした笑みを零し言葉を吐き捨てた王太子がレオンのことを蹴り上げようとして、レオンが器用に身をかわす。

 それが気に食わなかったようで、忌々しげに顔を歪めた王太子が今度はレオンに剣を振り翳す。

 ーー危ないッ!?

 そう思うと同時、私は「イヤーーーーッ!!」という大きな叫び声を上げていた。

 その刹那、何処からともなく、どす黒い雷雲が湧き起こり、雷鳴が鳴り響く。

 ゴロゴロゴロピッカーーッ!! ズッドーーーーンッ!!

 物凄い轟音に付随するように凄まじい地響きと地鳴りとが轟いた。

 私は異世界に召喚された際に遭遇した地震を想起し、恐怖し、その場で頭を抱えて蹲る。

 そうして気づいた時には、周辺の男らどころか、ルーカスさんの家までが忽然と消え去っていて、さっきまでの雷も嵐も嘘だったかのような静寂に包み込まれていたのだった。

 急に静けさに支配され、どうしたのかと顔を上げ辺りを見渡してみる。

 ーーあれ? 皆はどこ? それに家は?

 もしかして、これも私の能力ってこと?
 もしかして、皆、吹き飛んじゃったの?

 最悪な事態が脳裏を掠め、無自覚とはいえ、自分のやらかしたことに恐怖を覚え、大きなショックを受けていると、いつも陽気なフェアリーとピクシーの賑やかな声が響き渡った。

「ノゾミンったら凄すぎ。もう吃驚しちゃった~!」
「ノゾミ、凄い、すご~い! 一瞬で吹き飛んじゃうなんて、ホント吃驚だよ~!」
「そりゃそうだよ。僕が見初めたノゾミだからね」
「ノゾミ様、さすがでございますじゃ」

 ふたりのその声を皮切りに、どこか誇らしげなレオンの声に、いつになくはしゃいだルーカスさんの声までが加わった。

 ホッと安堵するやら驚くやらで、感情が追いつかない。

 ただただ瞠目したまま、皆がこちらに歩み寄ってくるのを見守ることしかできずにいる。

「一体、何がどうなってるの?」

 無意識に零したその声に、レオンが応えてくれる。

「いや、それがさ、よくわからないんだけど、気づいたらこうなってたんだよ」

 その声に、本当にレオンも皆も無事だったんだ。そう実感し。

 ーー本当によかった。

 心底ホッとした私は感極まって涙を流してしまう。

 そのことにいち早く気づいたレオンが駆け寄ってくるなり、しっかりと包み込むようにして逞しい腕で抱きしめてくれている。

 本当に一瞬のことで、何がどうなったのかよくはわからないけれど、どうやら聖女の能力というものは、その威力もさることながら、当事者にとっては、都合よく働いてくれるものであるらしい。

「でも、あの人たちは?」
「こちらをどうぞ」

 レオンの腕の中で、この幸せを噛みしめていて不意に浮かんだ疑問を口にした私に、すぐ後ろにいたらしいソフィアさんが、あの手鏡を差し出してくれる。

 覗いてみると、精霊の森の奥であるのだろう見るからに不気味な場所で、ゴブリンや魔物に追われ逃げ惑う王太子と男たちの姿が映し出されて数秒後、まるで電波が遮断されたかのように画像がフッと途絶えてしまった。

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