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#39 切なる祈り
しおりを挟む昨日出会った乞食のお婆さん改め、潜入中の魔法使いーーソフィア・ローベルさんとともに、私とレオンは現在、ルーカスさんの家の裏手にある茂みの中に身を隠しているところだ。
いつもなら、山羊たちがその辺の草を食みのんびりと過ごしているはずなのだが……。
山羊たちは一所に集い、怯えたように互いに身体を擦り寄せ震え上がっていた。
その異様な光景を茂みの中から窺っている。
数分前、私たちが駆けつけた時には、既に山羊や家の周辺は、真っ黒なローブに身を包んだ大勢の男たちに取り囲まれていた。
どうして見つからずに済んだかというと、ソフィアさんの魔法のお陰である。
はじめは、五、六人の使いを出しルーカスさんを王城に呼びつける予定だったらしい。
が、聖女である私が不在だということで、だったら人質にして私たちを待ち受け、そのまま秘宝を探し出そうということになり、王太子も出張ったために、このような仰々しい有様となっているようだ。
なので今、家の中には、王太子と宰相、腕の立つ騎士らが立てこもっているらしい。
私たちが茂みの中から踏み込む機会を窺っていたその時。
ようやく日が暮れようとしかけた頃だというのに、家の煙突から闇夜が溶け出したかのように、茜色の明るい空に、ゆらゆらと黒い影が煙のように立ち上りはじめた。
すぐにそれが、精霊たちの放つ危険信号であるとわかった。
ーーもしかして、誰かの身に何かあったのだろうか?
そう思うと、こんな所でじっとしてなどいられなくなり、茂みから飛び出そうとした瞬間。レオンに凄い力で胸へと引き寄せられ阻まれてしまう。
「レオン、お願い。放してッ!」
「駄目だよノゾミ。僕が行くから君はここで待っていて」
「そんなのイヤッ! 私だって皆のこと助けたいの。だから行かせてッ!」
「気持ちはわかるよ。けど、ノゾミに何かあったら、僕は生きていけない。言ったよね? この命に代えても君を護ってみせると。行くのは僕だ。いいね? ノゾミ。心配しなくても、何かあった時にはノゾミの力を頼るから」
そうはいっても、その能力も自分の意思でどうこうできるものではない。
さっきはたまたまだっただけかもしれない。
それなのに、レオンだけを行かせられるわけがない。
レオンに何かあったら、生きていけないのは、私だって同じだ。
レオンにもしものことがあったらと思うと、今にも胸が押し潰されてしまいそうだ。
苦しくて苦しくてどうしようもない。
「そ、そんなの当てにならないじゃないッ!」
泣きそうな顔でレオンのことを見つめたままでいると、尚も強い力で抱き寄せられる。
そうしてぎゅうぎゅうと掻き抱き、
「だったらノゾミ、僕のことを信じて? 僕はノゾミと出会ったお陰で、この世に生を受けた意味をやっと見いだせたんだよ。こうしてノゾミが傍にいてくれるだけで僕は生かされてきたんだ。そんな僕がノゾミを残して死ぬわけがないだろう? 僕は自分の力で必ず生き抜いてみせる。だからここで待ってて欲しい。お願いだよ」
私のことをなんとか踏み留めようとレオンは言葉を尽くしてくれる。
「でも……」
ひとりで行こうとするレオンのことが心配で、どうしても頷くことができない。
レオンの力になりたくとも、自分の意思ではどうにもできないのだ。
聖女として能力を授かっていながらも、レオンと一緒に行ったところで、足手まといになるだけだろう。
何の役にも立てない自分がふがいなくてしょうがない。
そこへ、私たちの様子を静かに見守ってくれていたソフィアさんの声が割り込んでくる。
「大丈夫ですよ、お嬢様。モンターニャ王国の騎士でもあるクリストファー殿下なら、これくらいの相手、造作もありませんよ」
「え? でも」
「モンターニャは、山々に囲まれたのどかな国ですが、その分、逃げ場もなく、攻め入ってこられては一溜まりもありません。なので昔から、男子には幼い頃より剣術が叩き込まれて参りました。獣人の血を受け継ぐ殿下は、普通の者より強うございますゆえ、ご安心ください」
確かに、ソフィアさんの言うように、レオンは剣の腕も立つのだろうし、身体能力だって人間とは比べものにならないのかもしれない。
けれど、戦いの場では、何が起こるかわからないのだ。
ましてやあんな(自分のせいで切られそうになった)場面を見たあとなのだから、そんなの心配に決まってる。
「でも……」
なかなかレオンのことを送り出す決心がつかずにいる私に、ソフィアさんは言葉を重ねてくる。
「実は今回の一件は、隣国の旅人がクリストファー殿下だと判明した際に、お嬢様との結びつきをなんとか阻止しようと、あの我儘王太子が焦ったゆえの、この現状です。それほどお嬢様の能力のことを恐れているのです。大丈夫ですよ。ピンチがくれば必ずあの能力が開花するはずですから。どうか信じてください」
レオンだけでなくソフィアさんにまでそう言われ、自分の能力に自信も確証も持てはしないものの、頷かざるを得なくなってしまう。
「……」
コクンと顎を引いた私のことを優しい眼差しで見つめつつ、レオンがいつもの優しい甘やかな声音で囁くかけてくる。
「じゃあ行ってくるね? ノゾミ」
私はすぐに、レオンの胸にぎゅっとしがみついて、声が震えそうになるのを堪えて声を紡ぎ出す。
「本当に気をつけてね。レオン」
「そんな泣きそうな顔されたら、いつまでも離れられなくなってしまうよ」
「だって、心配で」
「あ~、可愛いなぁ、ノゾミは」
お互いにどうにも離れ難くて、ぎゅっと抱きしめ合ったままでなかなか離れられずにいた。
ふたりの世界に浸ってしまい、すっかり存在を忘れてしまっていたソフィアさんの「コホンッ」という咳払いが私たちの意識に割り込んでくる。
「おふたりの邪魔などしたくはないのですが、日も暮れてまいりましたので、そろそろ」
その声を受けて、レオンが少々バツ悪そうに、ソフィアさんに向けて私のことを託す。
「うん。じゃあソフィア、ノゾミのことをよろしく頼むよ」
「お任せください」
ソフィアさんの返事を聞き入れたレオンに、今一度胸に抱き寄せられ、耳元で、甘い愛の言葉を囁かれた。
「愛してるよ、ノゾミ」
「////ーーあっ、ちょっ」
そのまま口づけられると思った私が慌ててレオンを止めようと思った瞬間、チュッと額に口づけられる。
てっきり口にされると思い込んでしまったことが、どうにも恥ずかしい。
たちまち真っ赤になって慄く私のことを満足げに見遣ったレオンは、ニッコリとした笑顔を残すと、パチンと指を鳴らし姿を消したのだった。
ーーどうかレオンが無事でありますように。
私は心の中で幾度も幾度もそう祈り続けた。
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