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#37 行く手を阻むもの

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 王都を出てから、かれこれ数時間経った今でも、私の心の中では様々な感情がひしめき合いせめぎ合っていた。

 レオンのことを信じたい。そう思うのに、耳にした逃亡中の密入国者のことが思い浮かんで、鬱々とした感情を持て余している有様だ。

 そんな状態だったものだから、食欲もなく、言葉少なになっていたんだろうと思う。

 それがレオンの目には、体調が悪いように映ったらしい。

 しばらく続いていた林を抜けると村が見えてくる、というところで、下馬して茂みの近くの切り株に腰掛けての休憩中、レオンに案じられてしまうこととなった。

「ノゾミ、食欲もないようだったし。なんだか元気もないようだけど、どうしたの?」

 そう言って、私のことをとっても心配そうに気遣ってくれるレオン。

 その曇りなき綺麗に澄んだ蒼い瞳には、私だけが映されている。

 そこに映っている私の心の中は、きっとドロドロしたもので埋め尽くされていることだろう。

 こうしてレオンが優しく気遣ってくれているその裏には、何か邪なものがあるんじゃないかと、疑っている自分が頭の片隅にいて。

 それらが邪魔をしてレオンのことを信じ切ることができないでいる。

 ーーそれでも信じたい。

 そう思いながらも、もしもそうじゃなかったとしたら。きっと私はショックで立ち直れないだろう。

 無意識のうちに、その時の予防線を張ろうとしているのかもしれない。

 以前、この世界にくる前。大学デビューする前まで、他の家庭とは違っていることを知りつつも、どうせなにも変わらないんだったら、両親に反発なんかして波風を立てるより、ただ流されていれば、その方が楽だ。

 そう思っていた頃の自分に戻ってしまったようで、それが悲しかった。

 やっぱり私は、あの頃のままで何も変わってないんだ。変わることなんてできないんだ。

 レオンの冴え冴えとした綺麗な蒼い瞳に映る自分の姿をぼんやりと見つめつつ、いつしか物思いに耽ってしまっていた。そこに。

「ノゾミ、大丈夫?」

 レオンの声が割り込んできたことで我に返った私は、慌てて返事を返し、レオンにニッコリと微笑んでみせる。

「え? あぁ、うん。大丈夫。別にどうもしないから」

 けれどレオンは、私の言葉や笑みに誤魔化されることなく、心底心配そうに気遣ってくれる。

「もしかして、昨夜、無理をさせてしまったから、身体の具合が悪いんじゃないのかい? もしそうなら遠慮せずに言って欲しい。ノゾミにもしものことがあったら、僕……どうしたらいいか」

 その表情は、苦しげに歪んでいて、今にも泣き出してしまいそうだ。

 それは、レオンを助けたあの日からこれまで三ヶ月半という時間の中で、私のことをよく見てくれていた証に他ならない。

 私の僅かな機微も逃すまいと、事細かに見てくれているからこそだろう。

 そんなレオンが、私のことを騙しているはずがないーー。

 レオンのお陰で、そう思い直すことができ、王都で知り得た情報のせいで、抱いてしまってた疑心をなんとか払拭するためにも、前だけを見据えようと。

「レオンってば大袈裟だよ。慣れない旅でちょっと疲れてただけだから大丈夫。休憩したらこの通り元気もりもりだし。だからそろそろ行こう?」

 未だ心配そうに私のことを見つめたままでいるレオンに、そう言って立ち上がろうとした矢先。

 風もないのにザワザワと木々がざわめき、茂みの中から突如現れた、真っ黒なローブを纏い馬に乗った六人の男らによって、行く手を阻むようにしてぐるりを囲まれてしまっていた。

「ノゾミ、何があっても僕の傍から動かないで。いいね?」
「う、うん」

 その時には、素早い身のこなしで私のことを背に隠すようにして、前に進み出ていたレオンに潜めた声で動かないようにと告げられ、私は恐る恐る震えた声で返答しながら思考を巡らせる。

 この男たちの目的は、追放された聖女である私を捕らえるためだろうか。

 それとも、密入国者であるレオンのこと追ってきたのだろうか。

 思案すること、おそらく数秒ほどのことだったろうと思う。

 私のことを背でかばうようにして立っているレオンの正面で、馬上から鋭い眼光でこちらを見下ろしている男が開口一番放った声により、目的が明確になった。

「その女に用がある。こちらに渡してもらおうか」

 それだけじゃない。

 声を放つと同時に、男が腰に携えていた剣を抜き振り翳す。

 そうしてレオンの眼前へと切っ先を突きつけてきたことにより、一気に緊張感が高まった。

 辺りには、常春に似つかわしくない、ピリピリと張り詰めた空気が漂っている。

 私は無意識に、レオンの背中にギュッとしがみついていた。

「大丈夫だよ。僕が命に代えても必ずノゾミを護ってみせるから」

 その時、かけてくれたレオンの言葉に、私は目が覚める心地がした。

 なぜなら、こんな風に身を挺して護ろうとしてくれているレオンが、私のことを騙しているわけがない。そうはっきりと確信したからだ。

 同時に、これ以上レオンには迷惑はかけられない。

 かといって、私には何もできはしない。

 だったらせめて邪魔にだけはなりたくない。

 そんなことを思案していると、男に返事を返すレオンの地を這うような低くて冷ややかな声音が耳に飛び込んできた。

「嫌だと言ったらどうする?」

 その声が辺りに響き渡った刹那。私たちを取り囲む男たちが殺気立ち、さっきの男から再び声が放たれると同時。

「だったら力尽くで奪うまでだ。かかれッ!!」

 決戦の火蓋が落とされたのだった。

 物凄い気迫とともに正面の男がレオンに向けてまっすぐに剣を振り下ろしてくる。

 ーー危ないッ!?

 そう思っても、余りの恐怖に身体がすくんで身動きがとれない。思わず目を閉ざしてしまう始末。

 すると、「ぐああッ!」という男の悲痛な呻き声が聞こえてくる。

 驚いて目を開けた先には、馬から崩れ落ちていく男の姿が映し出された。

 レオンはいつしか狼の獣人の姿となっていて、私のことを背でかばいつつ、次々に襲いかかってくる男らに向けて、魔法で出したのであろう立派な剣を振るっている。

 どうやらレオンは、馬術をたしなんでいるだけでなく、剣術にも長けているようだ。

 ーー切られてなくてよかった。

 ホッとしたのも束の間。

 いくら剣術に長けているようだといっても、私を背でかばいながら、残る五人の男を相手にするのは、どう考えても不利だ。

 ……何かいい手はないだろうか? 

 思案しかけていた刹那、一人の男が私めがけて切り込んできた。

 それに気づいたレオンに、一瞬、隙が生じてしまう。

 それを敵である男が見逃す訳がなかった。

 レオンめがけて剣が振り下ろされる。

 ーー絶体絶命の大ピンチ。

 かと思われた、その瞬間、何処からともなくつむじ風が吹き荒れ、瞬く間に竜巻となり、巻き込まれた男たちが悲鳴とともに一人残さず空の彼方へ吹き飛ばされていく。

 一瞬の出来事だった。

 やがて静まり返った辺りには、突風によって散らばった木の葉や枝だけが残されている。

 一体全体何が起こったのかさっぱりわからない。

 レオンも私も難から逃れられたものの、驚きすぎて唖然としてしまっている。

 そこに突如、さっきより規模の小さいつむじ風が巻き起こったかと思えば、すぐに消え去り、そこに現れたのは、驚くことに、昨日会ったばかりの乞食のお婆さんだった。

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