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#23 確信と嘘

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 春の心地いい風が髪や頬をそうっと優しく撫でていくなか、馬に乗ってのなんとも優雅な旅が続いていた。

 元いた世界とは違って、アスファルト舗装されていない道は、でこぼこしていて、そこかしこに大小様々な石が転がっている。

 この道は、早馬を走らせたり、歩いての旅に利用されているそうで、馬車が通る専用の道は、少し離れたところに平行して設けられているそうだ。

 しばらく続いた林を抜け、視界に広がるのどかな田園風景を眺めていると、数メートルほど離れたところに、確かにそれらしい道が見て取れる。

 王都から精霊の森に行き着くまで一度は通ったはずだが、その時の記憶はとても曖昧だ。なので。

 ーーあー、本当に、ここは異世界なんだなぁ。

 今更ながらに実感した私は、改めて自分の姿を見下ろしてみる。

 当然そこには、レオンの変身魔法により、おとぎ話やファンタジーの物語の中から飛び出してきたような、リボンやフリルがついた可愛らしい薄桃色のドレスに身を包んでいる自分の姿があるわけで。

 背後には、同じく物語の中から抜け出てきたような、執事の格好をした麗しいレオンの姿がある。

 そうしてこれまた物語に登場してくる王子様が乗っているような白馬ではないにしろ、茶色い立派な馬に跨がっている。

 なんだか、夢の中の出来事のようだ。

 そんなことをぼんやり考えていたせいか。

 ーー実は、地震に遭ったのも、異世界に転移してきたっていうのも、全部夢だった。なんてオチだったりして。

 ふと、そんな考えが脳裏に過ぎった途端、どうにも切ない心持ちになってしまった。

 どうやら自分で思っている以上に、この異世界での暮らしにずいぶんと染まってしまっているようだ。

 もしも叶うことなら、このままずっとあの精霊の森で皆と一緒に暮らしたい。

 勿論、レオンとも一緒に。

 だからって、別に、レオンのことを好きだとか、そういう意味じゃない。

 家族同然っていう意味でだ。

 でも、それに関しては、そう遠くない未来にお別れがきてしまうに違いない。

 傷もすっかり癒えて、この通り、魔力も元に戻ったようだし。記憶だってそのうちにきっと……。

 おそらくこの王都への短い旅が、レオンとの最初で最後の旅となってしまうのだろう。

 そう思うと、胸がキューッと締め付けられたような心地に襲われた。

 けどこれも好きだとかそういう感情じゃない。

 異世界にきて、追放された聖女として追われる身となったことで、狭い世界で過ごしているから、執着してしまっているせいに違いない。

 そうやって、あのキスの一件以来、胸の内で燻っているこのモヤモヤとした感情に、幾度もこうして無理くり理由をこじつけてきたように、そうっと蓋をしたのだった。

 そんなことをやっていると……。

 唐突に背後のレオンから鋭い指摘がなされ。

「お嬢様、どうされました? なんだか顔色が優れないようですが、ご気分でもお悪いのですか?」

 私はビクンと肩を跳ね上げてしまう。

 どうにも執事仕様のレオンの振る舞いと口調に慣れないせいだ。

「……う、ううん。大丈夫。それよりレオン」

「なんでございましょう? お嬢様」

  私の言葉に返事を返してくるレオンは、毎回毎回嬉々として、心底愉しんでいるようだ。

 ここはちゃんと言葉にして伝えて、改めてもらわないと、身が持たない。

「その口調、なんとかならない? なんだか落ち着かないんだけど」

「お嬢様、さっきも申し上げましたとおり。己の私利私欲のために聖女を捕らえようと躍起になっている輩がどこに潜んでいるやもしれません。ですので、万が一に備える必要があるのです」

 けれどレオンからの返答は、至極ごもっともな言葉だったために、あえなく撃沈。

 早々に諦めるしかないらしい。

「……はぁ……わかったわよ」

「ご理解いただけたようで何よりでございます。お嬢様」

「はぁ~」

「おやおや、溜息なんて零されて、どうされました?」

 落胆して溜息を零す私に、理由なんて分かりきっているクセに、わざと惚けて執事仕様の丁寧な口調で私のことを揶揄ってくるレオンのことが恨めしい。

「……レオンの意地悪。フンッ!」

  ムッと盛大にむくれた私が、フェアリーを真似てプイッとそっぽを決め込むと。

「そんなに怒ると、可憐な愛らしい顔が台無しだよ。ノゾミ」

「////ーーッ!?」

 耳元に唇を寄せてきて、不意打ちのように熱い吐息と甘やかな声音で鼓膜を震わされてしまい。

 私はたちまち全身を真っ赤に染め上げられてしまうのだった。

 それが無性に悔しくて悔しくてどうしようもない。

 負けじと何かを返そうと、背後のレオンに振り返ろうとした刹那。

 慣れない馬の上だというのを失念していた私は、バランスを崩してしまう。

「キャッ!?」
「ノゾミッ!?」

 今まさに、馬から真っ逆さまに転げ落ちるというところで、そのことにすぐに気づいたレオンに身体を抱き留められることでなんとか事なきを得た。

 けれども、この異世界に転移してくる直前に巻き込まれた地震のことを思い出してしまった私の身体は、依然ガタガタと震えたままだ。

「ノゾミ、ごめん。僕がもっと気をつけていれば、こんな風に危険な目になんか遭わせずに済んだのに。本当にごめんね」

 そんな私の身体をレオンはふわりと包み込むようにして抱きしめてくれている。

 お陰で、数分もすれば、身体の震えも完全におさまってくれていた。

 それなのに……。

 レオンから離れることができない。

 ずっとずっとこのままでいたい。なんてことを思ってしまう。

 そこへ、私の様子を窺うために抱きしめてくれている腕を解いて、私の顔を覗き込んでくるレオンの蒼く煌めく綺麗な瞳と視線が絡まり、魅入られたように身動ぎどころか瞬きさえもままならなくなる。

「ノゾミ?」
「レオン……私」

 反応を返さない私のことを案じたレオンに心配げな声音で問われて、無意識に自分が口走ろうとした言葉に気づいた私は、レオンに対する自分の気持ちを確信してしまった。

 だからといって、この想いは報われることはない。

 レオンは命を救った聖女である私に好意を寄せているに過ぎない。

 もしかしたら好きだと勘違いしているだけなのかもしれない。

 どちらにせよ、いずれは隣国に帰ってしまうのだから。

 ーーレオン、私、レオンとずっとこうしていたい。離れたくない。ずっと傍にいて欲しい。

 そうやって、いくら願ったところで、どうにもならないどころか、記憶を取り戻したレオンにとって、重荷でしかないはずだ。

 だったら、そっと胸の奥底に閉じ込めておかなきゃ。

「ちょっと吃驚しちゃったけど、大丈夫。ほら、この通り。なんでもないから」

 口にしかけた言葉を飲み込んだ私は、そのことをレオンに気取られないように誤魔化すのに必死で返した言葉は、自分でも驚くくらい、自然なものだった。

 こうして人は大人になっていくのだろう。

 だったら早く大人になりたい。ひとりでも生きていけるように強い大人に。

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