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#22 ご令嬢と執事

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 皆に見送ってもらっているさなか、レオンがどこからともなく取り出した、藁で作られた四つん這いの動物の形を模した人形が地面に置かれた。

 それを目にしたルーカスさんが、「おお、それは馬ですな」といった言葉通り、澄ました表情のレオンがパチンと指を鳴らすと、あら不思議。

 どこからともなくもくもくと白い煙のようなものが現れたかと思えば、瞬く間に藁人形が立派な馬へと変貌を遂げていた。

 ーーす、凄いッ! そんなことまでできちゃうんだ。

 昨夜体験した変身魔法もそうだったけれど、あの時は瞼を閉ざしていたから、その瞬間を見たわけじゃなかった。

 目の当たりにしてしまったのとでは、まるで印象が違っていて、スッカリ興奮してしまった私は、感嘆の声をあげて思わずレオンに飛びついてしまう。

「レオン、凄いッ! そんなこともできちゃうんだぁ。もう吃驚しちゃった!」

「いや~、それほどでもないよ。これくらいのことは朝飯前だよ」

「イチャイチャしてるとこ悪いんだけど、そんなことやってたらいつまで経っても王都に着かないんじゃない?」

「……そ、それでは、行ってきます」

 その様子を見守るようにして、ニコニコといつもの笑顔を浮かべているルーカスさん。

 腰が痛くて一人では歩けないルーカスさんのことを支えているピクシーは、ニマニマとしている。

 その隣にふわふわと浮遊しているフェアリーからは、これまたお決まりのツンとした言葉が寄越されて、我に返った私は、気まずい心持ちで出かけたのだった。

 そんなこともあって、わくわくと期待感に満ちていたはずが、レオンのことを余計に意識してしまっている。

 そんなことをやっているうちに、ルーカスさんの家がある精霊の森からおおよそ一時間少々のところに位置する村へと到着していて、少し前に薪を届け終えたところだ。

 因みに、王都へ行くのに荷車があると邪魔だということで、薪を届けた際に荷車も預けてきた。

 村から王都へは徒歩で半日ほどかかるそうだ。

 予定では、ずっと歩いて向かうはずだった。そのはずだったのだけれど……。

 元いた世界の靴に慣れてしまっている私には、異世界の靴が足に合わなかったようで、靴擦れを起こしてしまったのである。

「ノゾミ、さっきから足を庇ってるようだけど、大丈夫?」

「う、うん。平気平気」

「本当に? ノゾミは遠慮深いから心配だなぁ。ちょっと見せてみて。ーーほら、思った通りだ」

 それを目敏くレオンに見破られてしまった所為で、急遽、村からは馬に乗って向かうことになったのだが。

 ただでさえレオンのことを意識してしまっている私にとっては、拷問のようなものだった。

 なんでも乗馬も得意だというレオンに、問答無用で横抱きにされてしまっているからだ。

「////……ね、ねえ、レオン。私、やっぱり歩く」

「ダメだよ。ノゾミは旅に不慣れなんだから、これ以上、足を痛めたりしたら大変だよ。それに、ルーカスさんにも、ノゾミのことを護るって約束したんだ。ノゾミに何かあったら、ルーカスさんに顔向けできなくなってしまうよ」

「そ、そんな大袈裟な」

「大袈裟じゃないよ。僕にとってもノゾミは大切な存在なんだ。いくらノゾミの頼みでも、これだけは譲れないよ」

 この体勢で王都までの長い道のりを辿っていくのかと思うと、それだけで、羞恥が込み上げてきて、どうにかなってしまいそうだ。

  ただでさえ、こんなにもくっついているのだ。

 様々なことが密着した身体を通して伝わってきてしまう。

 長身のレオンは見た感じスラッとしてて細身だけれど、意外にも鍛えられているようで、しなやかな筋肉に覆われた精悍な身体つきをしているようだ。

 こんなの、したくなくても意識してしまう。

 心臓だってこんなにも暴れ回っていて、今にも口から飛び出してしまいそうだ。

 ーーこれじゃあ王都どころか、一時間もしないうちに、天国行きになってしまう。

 どうにも堪りかねた私は、天国行きを阻止するためにも、今一度レオンに向けて声を放ってみることに。

「////……わ、わかったから。せめて、この姿勢なんとかならない?」

「仕方ないですねぇ。では、どうぞ、お嬢様。これでよろしいでしょうか?」

「////ーーッ!?」

 そうしたら実にあっさりと、横抱きの体勢からレオンの前で馬に跨がる体勢へと変えてくれた。

 けれど今度は、少し畏まった口調で『お嬢様』呼びまでお見舞いされて、背後からしっかりと抱きしめられているような体勢となってしまっている。

 しかも耳元を擽るようにして、なんとも心地いいあの甘やかな声音で。

「どうしました? お嬢様。耳どころか、項まで真っ赤に染まってらっしゃいますよ。もしかして、お熱でもございますか?」

 そんな風に執事仕様の丁寧な口調で囁かれてしまっては堪らない。

 どうしてこのようなことになっているかって?

 それは、村に薪を届けて王都に向けて出発する際のことだ。

 靴擦れしてしまった私に気づいたレオンがその応急処置をしてくれて、いよいよ出発という段になって。

『ノゾミ、ここからはどんなことが起こってもいいように、ノゾミは隣国から王都に観光に来た貴族のご令嬢で、僕はノゾミに仕える執事という設定でいくからね。いいね?』

 そういって提案してきたレオンの言葉により、こういう設定になってしまっている。

 勿論、昨夜の打ち合わせの際と同じ、ご令嬢のような姿の私に合わせた設定なのだろうが、それに合わせて、レオンも執事仕様の黒い装いに身を包んでいる。

 それがまた似合いすぎるくらいに似合っているものだから、その姿に私の胸はドキドキしっぱなしだった。

「////……ちょっと、レオン。擽ったいでしょ」

「それはそれは申し訳ございません。お嬢様があんまり可愛い反応をされるものですからつい」

 そんな私の心情を知ってか知らずか、はたまた執事仕様の設定がただ単に気に入っているだけなのか、慣れた手つきで手綱を操るレオンはやけにご機嫌なご様子だ。

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