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#15 拭いきれない靄

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 精霊の森に入ってすぐにあるルーカスさんの家は、居候仲間が増えたことでますます賑やかになった。

 レオンは、隣国で商人をしているだけあって、コミュニュケーション能力に長けているようだ。

 二、三日もすればすっかり馴染んでしまっている。

 まるで、以前からずっとここで暮らしているかのように。

 私の場合とは違って、元々異世界であるこっちの世界で生を受けているのだから、当然といえば当然なのだろうが。

 それにしたって、そんなに早く馴染めちゃうものなんだろうか。

 ーーやっぱり、性格なんだろうなぁ。

 大学デビューを果たしたばかりの私は、これまでずっと勉強ばかりにあけくれていたせいか、そういうことに関しての能力が乏しい。

 なので、ふと気づけば自然と会話の中心にいるレオンのことが、ほんのちょっぴりだけ羨ましかったりする。

 でも別に、フェアリーが言ってたように、一目惚れしたとか、そういうことでは断じてない。

 ただ、淫夢に登場してくる先輩に瓜二つな王子様とそっくりだというのと、レオンの正体がこの人だったってことに、未だに意識してしまっているだけだ。

 だって、知らなかったとは言え、この二月もの間、寝床を共にしていたのだ。

 そんなの意識しない方が可笑しいと思う。

 ーーあー、もう、こうしてちょっと思い出しただけでも恥ずかしくてどうしようもない。

 けれどもこうしている間にも、当たり前だが、刻々と時間は過ぎていく。

 生きていくためには働かなきゃならない。

 働かざる者食うべからず。

 実に単純だが、何よりも一番大事なことだ。

 どんなにレオンのことを意識しようが、働かないことにはお腹は満たせない。

 レオンが加わった今も私は変わらず薬草探しと下着の開発とに勤しんでいた。

 そういえば、倒れたのをレオンに助けてもらったあの日以来、不思議なことに淫夢を見なくなった。

 おかげさまで、睡眠不足もすっかり解消している。

 体調も頗る絶好調。以前にも増して仕事に精力的に打ち込むようになった。

 ただ、以前とは違って色々とやりにくくなったことがある。

 それは勿論、ルーカスさんの家に年頃の異性であるレオンが同居することになったことだ。

 当たり前だが、レオンの寝床は、ルーカスさんとピクシーが使っている部屋に決まった。

 フェアリーに関しては、ひとりの時間を確保したいということで、これまで同様屋根裏部屋で寝起きしている。

 そして私も、以前と同じ部屋を使わせてもらっているのだが……。

 この二ヶ月余りレオンと四六時中一緒にいたので、心にぽっかりと穴でも開いてしまったみたいに、寂しくてどうしようもない。

 一週間ほどたった今でも、その寂しさを埋められずにいた。

 そんな私の傍には、人間の姿となったレオンがいて、今もこうして一緒に薬草探しに精を出している。

 非常にやりにくいったらない。

 けれどこれには理由があった。

 あの日のように、もしも私が倒れてもすぐに気づけるように、というルーカスさんの提案なのでしょうがない。

 それに隣国のモンターニャ王国は四方を山に囲まれたのどかなところのようで、隣国出身のレオンは、木の実や薬草のことにやたらと詳しかった。

 それ故に、自然と私の仕事を手伝ってくれるようになっている。

 けれどそれだけじゃない。

 商人をしているからなのか、頭も切れるらしく、機転が良く利くし、話術にも非常に長けていて、話も面白かった。

 話が途切れることはなく、気づけば夢中で話し込んでしまっていたりする。

 そんな有様だったのでレオンにしてみれば、私が心を許しているように見えたのかもしれない。

 一緒に仕事するようになって数日もすれば、初対面でお見舞いしてきた、歯の浮くような甘い台詞を隙あらば繰り出してくるようになった。

「ねぇ、ノゾミ、見て見て。この花、ピンク色なところなんか、可憐で愛らしいノゾミによく似ていると思わない?」

「////ーーちょっ! な、何言ってんのレオンったら、サボってないで仕事しなきゃダメでしょ!」

「うん、わかってるよ。でも、ちょっとだけ待って」

「////……え? なっ、何よ? いきなり」

「少しだけ、じっとしてて」

「////ーーッ!?」

「ほら、やっぱり。思った通りだ。ノゾミの雰囲気にピッタリでよく似合っているよ」

 薬草探しの合間には、可憐な花を見つけては、私のようだなんだと言ってきて、私の肩にかかるほどに伸ばした髪に髪飾りのように挿して、満足そうに眺めては恍惚とした表情を浮かべて甘い台詞を垂れ流すのが習慣化してしまっている。

「////……だから、真面目に仕事しなきゃダメでしょ。すぐにそうやって私のこと揶揄ってばっかりなんだから!」

「否、僕は揶揄っているつもりなんてないよ。ただ、思ったことを口にしているまでだよ。僕は本当にノゾミのことが好きなだけなんだ。信じて? ノゾミ」

「////……あっ、ちょっと、そうやってすぐに手の甲にキスするクセ直してっていってるでしょ!」

「そんなの無理だよ。ノゾミの可愛らしいこの手を見ていると、思わず口づけたくなるんだから、しょうがないでしょう。本当はその可愛い唇に口づけたいのを我慢しているんだから、むしろ褒めて欲しいくらいだよ」

「////ーーもう、いい。先行ってる」

「あっ、待ってよ。ノゾミ~!」

 毎回毎回、言いようのない羞恥に襲われた私がなんとかやめてもらおうと注意しても、レオンは至って真剣なようで、だから余計に私は盛大に戸惑っていた。

 異世界に来て、知り合った若い男性といえば、私のことを追放した我儘王太子とレオンくらいしかいないので、よくはわからないが。

 おそらくこっちの世界の人は、イタリア人並みに軽いのだろう。

 だから迂闊に気を許しちゃいけないと思う気持ちと。

 聖女として身についていたらしいチートな能力がそうさせるかは不明だが、五感が働くというか直感というか……。

 隣国のことを話す際などに、レオンが不意に覗かせる憂いを孕んだ表情というか、物言いというか、それらに触れたときに胸がザワザワとざわつくのだ。

 根拠なんてないけれど、レオンが何かを隠しているようなそんな気がしてならなかった。

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