7 / 47
#7 もふもふ可愛い狼くん
しおりを挟む「やだ~、狼じゃない。そんなの放っておいて早く戻りましょう?」
「……うそ、狼なの?」
精霊の森で子犬を見つけたと思ったら、なんと狼の子供だった。
狼なんて絵本や遠足で行った動物園で見たことがあったくらいだ。
それだって子供の頃だからおぼろげな記憶しかない。
そりゃ、わかる訳がない。
フェアリーに言われて初めて知ることとなった。
狼といえば、童話などの物語のなかでも悪役だと相場が決まっている。
本で知り得た情報によると、ローマ時代には神に近い存在だったらしいが、中世以降は忌まわしいものとして扱われるようになったからだそうだ。
どうやらそれは、今いるこの世界にとっても、そうであるらしい。
いきなり森のなかへと駆け込んでしまった私を追ってきたフェアリーは、私が抱え上げたばかりの、見るからにぐったりしている狼の子供の姿を視認した途端、忌々しげに綺麗な顔をゆがめている。
「そうよ。助けたりなんかしたって、恩返しされるどころか、食べられちゃうのがオチよ」
「……で、でも」
子犬だと思っていた私も狼と知り恐怖を覚えた。
けれども抱え上げた狼の子供は、背中に大きな怪我を負っているだけでなく、頼りないくらい軽いし。ぐったりとしていて呼吸も弱く虫の息だ。
今にも寿命を全うしてしまいそうだった。
このまま放置してたら、おそらく一時間ももたないだろう。
そんな瀕死の状態で放置なんてできるはずがない。
ーーなんとかして助けてあげなきゃ。
私の中の庇護欲が掻き立てられた。
自分自身もルーカスさんに救ってもらった身なので、他人事には思えなかったというのもある。
「私、放置なんかできない。何もできないかもしれないけど、助けてあげたい」
依然、至極嫌そうに眉間に皺を寄せているフェアリーに対して、そう言い放ち、狼の子供を助けた日から、一週間ほどが経った。
あの後、狼が怖いからではなく、ただ単に、毛むくじゃらの獣が嫌いだというフェアリーが止めるのも聞かずに、家に連れ帰り、ルーカスさんに診てもらったところ。
『傷は深いようですが、ノゾミ様の治癒魔法をもってすれば、直に癒えるでしょう』
『よかったぁ』
聖女として召喚された私の秘められているらしい治癒魔法で救うことができるという言葉に安堵しているところへ。
『ただ、この傷、ただの傷ではなさそうですじゃ』
今度は苦虫をかみつぶしたような難しい表情をしたルーカスさんの暗い声音が投下された。
『……ただの傷じゃないって、どういうことですか?』
思わず聞きかえした私のことをいつもの優しい眼差しで見遣ってから。
『……昔、ゴブリンに呪いをかけられた人を見たことがあったのですが、その時の傷によく似ている気がしただけですじゃ。といっても、わしも、この通りもうろくしとりますのでなぁ、自信はないのですじゃ』
その当時のことを思い返してでもいるのだろうか。
どこか懐かしむように窓の外へ視線を向けてそう言うと、はははと笑って、狼の傷に薬草をすり潰したものを塗りつけてから、手慣れた手つきで端切れを包帯のように巻いていく。
『……そんなに案じなくとも、これくらいのことで死んだりするようでは、自然界では生き抜いていけませんからなぁ。それに、精霊の森では、野生動物の中では頂点に君臨する生き物です。すぐに元気に駆け回るようになるはずですじゃ』
ゴブリンの呪いなんていう言葉に、得体のしれない恐怖心を抱いてしまい、きっと泣きそうな顔でもしていたのだろう。
そんな私を安心させようとルーカスさんがかけてくれた言葉通り、狼の子供の傷は少しずつ少しずつ日ごとに癒えていった。
はじめはなんの反応も示さず、目を開けることも唸ることもなく、ぐったりとしていたので案じたが。
翌日には、目も開け、サファイアブルーの円で綺麗な瞳をウルウルさせて、私に甘えるようにして擦り寄ってきて、少しも離れようとしなかった。
それが可愛らしくて、膝に乗せると、そのまま力尽きたように何時間も眠りこけていた。
それから徐々に回復し、動けるようになってからも、助けたからだろうか、私に酷く懐いていて、今では私の寝床でないと寝付かないほどだ。
聖女の私に備わっていた治癒魔法をどうやったらかけられるかは、依然としてさっぱりわからない。
だが、どうやら一緒にいるだけで効果はあるらしい。
ーーあの、まことしやかな例の言い伝えも、本当なのかもしれない。
そう思うと、また暗い心持ちになりそうだったが、可愛い狼の子供のお陰で、それもしだいと薄れていった。
あれから一週間が経過した今では、『レオン』と名付けた狼の子供を巡って、私とピクシーの間では、取り合いっこをするようになっている。
「もう、レオンったら擽った~い」
「あー、ノゾミばっかりズルイ~。僕も抱っこしたーい」
「やだぁ。二人ともそんな毛むくじゃらのどこがいいわけ? いくらケガしてるからって、寝床に入れるなんて信じらんない」
「え~。フェアリーこそ信じらんない。毛並みも綺麗でモフモフして気持ちいいし、こんなに可愛いのに~」
「そうだよ、そうだよ。こんなに可愛いのに~。フェアリーってば冷たすぎ~」
「悪かったわね、フンッ。まったく、どこがいいんだか」
そんな私たちのことを獣嫌いのフェアリーが冷ややかな眼差しで眺めながら、ツンとした口調で辛辣な台詞を放つのがお決まりとなっていた。
10
お気に入りに追加
219
あなたにおすすめの小説
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?
たまご
ファンタジー
アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。
最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。
だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。
女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。
猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!!
「私はスローライフ希望なんですけど……」
この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。
表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
だが夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる