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23 閑話④ ~三日目(16話と17話の間)

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 涙が後から後から流れていく。止めたくても抑えられずにいるマリサの手元に、ライアンが白いハンカチを押し付けるようにしてよこしてくれた。


「ごめんなさい……」


 ハンカチで涙を拭うが、涙腺が崩壊しているらしい。


「謝らなくていい。君は、大変な思いをしたはずだ」


 胸に刺さることを指摘されて、更に涙が溢れてしまい、マリサはどうしていいのか解らなくなってしまった。


「異世界から来た人に会うのは、君が初めてではない」

「……」

「実は、オレの曾祖母マリアは、異世界から来た人なのだ」

「えっ?」


 驚いたせいか、マリサの涙がふいに止まった。顔を上げるとライアンの目は、労るような寂しさを宿したような光を帯びていた。


「曾おばあ様、ですか?」

「ああ。オレは曾祖母が大好きだった。幼い頃からよく面倒を見てもらっていたようだ。それで、話をいろいろと聞いていたのだ……」 


 マリサは、異世界から来たと暗にほのめかせてしまった今の状況にようやく気付き、思わず周囲を確認する。

 知らぬ間に、プチサロン内は、入口に立つメイド長のアンナ以外、人払いがされていた。


「古参のアンナは曾祖母から使えているし、我が家に従事するものは、契約魔法を交わしているから、他言することはない」


 マリサの心配は杞憂だったらしい。


「曾祖母はオレが十歳の頃に亡くなっているが、とても可愛らしくて、そして偉大な人だったよ……」



 ライアンの曾祖母マリアは、赤茶色の髪に、シルバーが混ざったようなグレイの瞳をした、地球では近世ヨーロッパ出身の貴族だったらしい。

 マリアはこの世界にやってきた当初、ここ、ロンド王国の王都外れにある貧窮院で一時保護されていた。

 混乱と悲しみで痩せ細ってしまったマリアは、貧窮院の子供達と過ごし、世話をする内に、少しずつ平常心を取り戻していった。


 その頃、ライアンの曽祖父ロドルフは、妙な夢を頻繁に見るようになっていた。

 夢の中にこの世界では珍しい、赤い髪の可愛らしい乙女が現れて、瘴気で荒れ果て痩せた土地を、光の魔法でたちまちの内に癒してしまうのだ。

 何度もその夢を見る内に、近い未来に、「女神」が王国を、世界を救うのだと確信したのだった。


 ロドルフ一行は、現公爵領(当時は伯爵領)へ帰る道すがら、馬がしきりに嘶き、落ち着かない様子を見せたため、すぐ側の貧窮院の建物で休ませて貰うことにした。

 ロドルフは夢のお告げの答えは、この場所にあると直感で理解したという。その瞬間、雷に打たれたように全身が痺れたのだ。


 そうして、貧窮院に立ち寄ったロドルフとマリアは運命的に出会ったのだった。


 その当時、ロンド王国は国が崩壊するような大きな危機に瀕していた。旱魃による農作物の被害や家畜の減少、疫病、相次ぐ魔物の被害により、人口の減少に歯止めが利かなくなっていた。

 しかし、周辺諸国もまた同じような状態が長く続いていたのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。各国を襲った魔物の討伐により、更なる国力低下に陥り疲弊しきっていたため、戦争の難からだけは免れていた。


「当時、魔物の被害はやがて減ったが、食糧事情があまりにも悪いため、貧窮院にまで物資が回らなくなってしまったらしい。曾祖母は、貧窮院にある小さな聖堂の女神に祈ったんだ。マリサ嬢と同じように、女神に語りかけたんだそうだ」


 その時、マリアの祈りが届いたのだ。


「マリアのいる場所には、枯れた井戸から水が涌き、植物も家畜も生き生きしていたそうだ」



 旱魃が長く続き、川も井戸も枯れ飲み水すら確保が難しい状況だった中、なぜか、貧窮院で耕す畑と、周辺の土地の畑は作物が豊かに実り、井戸も水が湧き出していた。大きな川は山からの流れが乏しかったものの、湧水からなる近所の小川は枯渇することがなかったという。


「曾おばあさまにお会いしたかったな……」


 マリサがつい呟くと、ライアンが大きく頷いた。


「ああ、会いたい。君にも会ってほしかったよ」


 マリサはさっきとは別の、心がほっとするような涙が浮かんでいた。


「マリアは、光の魔法を使い、『女神の御使い』と呼ばれ、ロドルフと共に一年かけてロンド国中の土地を癒す旅をしたんだ……」

「国中をですか?」


 その後、国に帰った二人は結ばれ結婚をしたが、二人の旅はそこで終わりではなかった。暫くすると噂が国外へ伝わって行き、周辺国からの申し入れが相次ぎ、二人は何年もかけて各国を癒して周り、ついで外交にも一役買って出たらしい。

 やがて、周辺国も復興していき、貿易や人との交流も盛んになっていった。

 その功績が認められ、ロドルフは伯爵から公爵へと昇爵した。


 それぞれの国との友好は、現在も続いている――。



(このお話、神話かしら? 国どころか、世界中を癒しただなんて、女神様そのものだったりして?)


「そう言えば、つい最近も、異世界からやってきた人が現れたのなんのと、王都から話が伝わってきたばかりだった。しかしそれはただの噂程度で、君のように魔法を顕現させたわけではなく、不確かな情報のようだ」

「あの、呪文のことですが、あれは、言葉さえ覚えたら、誰でも使えるものではないのでしょうか?」


 マリサは心に引っかかっていたことを思わず口にしていた。


「ははっ、おかしなことを言わないでくれ。そんな訳はないだろう? 曾祖母と君以外で、光魔法を使える人をオレは知らないのだが」


 マリサはうーんと首を捻った。ゲームの裏技ではあるが、恐らくではあるが、覚えたら誰にでも使えたはずなのだ。


「そんなに疑問に思うなら、その呪文をそこの紙に書いてみてくれ」


 この国の言語を理解し、自然に話しているというのになんだが、自分は文字を書けるのかと、マリサは詰まった。

 ライアンの目を見る。


「ん? そうか、文字が書けぬのか?」


と言うなり、脇にある書類の一枚をマリサの方に向ける。


「……あ、読めます。南の領地における……ポイズンバッタの大量発生と……原因及び究明の為の推測と考察、手がかりについての報告……」


 ライアンはそれを解っていたように、羽ペンを恭しくマリサの手に握らせる。

 プチサロンには丁度よさそうな小さめの鉢植えがあった。ライアンがそれをテーブルに置いて言った。


「よし決めた。この蕾を花開かせるとしよう」


 蕾をつけたそれは、葉や茎を見るとバラ似ていた。

 上質な紙に書くのは一瞬躊躇したものの、思い切って一文字記せば、後はすんなりと、鉢植えの蕾を花開かせるための言葉を添えてセレースの呪文を紡ぐことができた。

 紙の向きを変えてライアンに渡す。


「では、読んでみよう」



「豊穣の女神セレースさま、セレースさま、セレースさま。どうかこの鉢植えの蕾に祝福をお与えください」



 少し頬を赤くしたライアンが唱えるが、暫く待っても、鉢植えの蕾は硬く静まったまま、呪文は空振りに終わった。


    
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