上 下
21 / 22

20 閑話① ~三日目(16話と17話の間)

しおりを挟む


    公爵家の城内に入るや否や、ふんだんに使われた大理石や足がのめり込みそうな絨毯や、彫刻や絵画や美術品の数々に、思わず回れ右しそうになるマリサだった。

    それからは、借りてきた猫より酷かったかもしれない。

    右足と右手、左足と左手を交互に動かし壊れたロボットのように歩いていたらしい。ライアンにククッと笑われるまで気が付かないでいた。恥ずかしさを感じるよりも、自己に再起動をかけるのに必死だった。


「マリサ嬢、部屋で少し落ちついたらでいいから、姉、リラの訓練用の服を試着したまえ」


 そう言って笑顔のままマリサの頭をぽんぽんと撫でた。


(あれ? なんかいい子いい子されたような……、子供? 子供扱い? 私二十八だよ)


 顔に熱が集まってきて気持ちも落ち着かなくなる。複雑な心持ちでいたマリサは気付かなかったが、ライアンのぽんぽんに反応して、数人のメイドがのけぞったり瞬きしたり、頬を赤く染めスカートをきゅっと握ったりして悶えていたりした。

しかし、


「こほん」


とメイド長のアンナが喉を鳴らすやいなや、メイド達は頭を前に少し傾けて体制を整えるのだった。


「アンナ、今言ったとおりだ。姉の訓練用のものをすぐに用意してくれ。それと、今夜のディナー用と、他にもいろいろと見繕って欲しい。準備もなくお連れしてしまったのだ」


 ライアンは去り際、「ああそうだ」と、アンナになにやらごにょごにょと告げてあっという間に行ってしまったのだった。

 思考が再び停止しかけていると、アンナがマリサの手を包み込み、にっこり微笑んだ。


「さあ、お嬢様、お部屋までご案内いたしましょう」



    マリサにあてがわれたその部屋は、乙女心を刺激するような、美しい客室だった。

 絨毯は、新緑を思わせる温もりのある色をベースに抽象的な草木模様が描かれている。

 家具は全てオフホワイトに統一され、壁紙はシルクジャガードで、淡い空色に森の木々と野原が描かれ、小花の上に蝶が舞っていた。


 魔術時計の針、一つ分の半分ほどで湯浴みの用意をしますと言ってメイド達が出て行った。

この世界の時計も十二進法で、午前十二時間、午後十二時間。一時間の半分だから三十分ほどで準備が出来るのだろう。


    一人になり気が抜けてしまい、ぼんやり立ったままでいると、魔石のシャンデリアが点灯して、背中がビクンと跳ねた。

 文明社会からやってきたというのに、たった二、三日で、「日が落ちたら灯りが点く」という事実にうろたえてしまった。

 僅かの日数で簡易テント暮らしが染み付いてしまった自分に、マリサは苦笑する。

 猫足の丸いサイドテーブルの上には、紅茶と果物と小菓子が添えてある。

 丸く絞って、中央にドライフルーツを乗せたクッキーを一つつまんで口に放り込んだ。


「はぁ、甘いもの食べると、目が冴えるー。でも、失礼だけど私が作る方がおいしいかな」


 批評をしつつ、もう一つ、スティック型のチョコがけのものを口に運んだ。


「うーん、チョコの滑らかさやまろやかさが足りないみたい。ざらっとしてるもの」


 偉そうではあるが、やっぱりチョコレートは口解けが命だと思うのだった。

 紅茶を口に含んでみる。

 ふぅーっと一息付く。


「これ、けっこうおいしい! ダージリンのオータムナルみたいな、こっくりとした風味だわ」


 紅茶をもう一口飲むと、マリサは天蓋つきのベッドにバサッと仰向けに倒れこんだ。


「ベッドに寝られるなんて、嘘みたい。しかもお姫様が眠るような天蓋付き! その上リアルお城に泊まれるだなんて」


    こんな贅沢をしてテントに寝袋の生活に戻った時のギャップにどう耐えようなどと思っている内、強烈な睡魔が襲ってきた。

 これはマズイ! と、自分の脇腹をおもいっきり抓った。


「うーっ!」


 痛すぎてもんどりを打つマリサだった。


「はぁ、早く文化的な生活を送れるようにがんばらなくっちゃ。そうそう、ポイントと私のレベルを確認しなきゃだよ!」


 パシパシッと頬を両手で叩いて、身体を起こした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

人間だった竜人の番は、生まれ変わってエルフになったので、大好きなお父さんと暮らします

吉野屋
ファンタジー
 竜人国の皇太子の番として預言者に予言され妃になるため城に入った人間のシロアナだが、皇太子は人間の番と言う事実が受け入れられず、超塩対応だった。シロアナはそれならば人間の国へ帰りたいと思っていたが、イラつく皇太子の不手際のせいであっさり死んでしまった(人は竜人に比べてとても脆い存在)。  魂に傷を負った娘は、エルフの娘に生まれ変わる。  次の身体の父親はエルフの最高位の大魔術師を退き、妻が命と引き換えに生んだ娘と森で暮らす事を選んだ男だった。 【完結したお話を現在改稿中です。改稿しだい順次お話しをUPして行きます】  

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

異世界ソロ暮らし 田舎の家ごと山奥に転生したので、自由気ままなスローライフ始めました。

長尾 隆生
ファンタジー
【書籍情報】書籍2巻発売中ですのでよろしくお願いします。  女神様の手違いにより現世の輪廻転生から外され異世界に転生させられた田中拓海。  お詫びに貰った生産型スキル『緑の手』と『野菜の種』で異世界スローライフを目指したが、お腹が空いて、なにげなく食べた『種』の力によって女神様も予想しなかった力を知らずに手に入れてしまう。  のんびりスローライフを目指していた拓海だったが、『その地には居るはずがない魔物』に襲われた少女を助けた事でその計画の歯車は狂っていく。   ドワーフ、エルフ、獣人、人間族……そして竜族。  拓海は立ちはだかるその壁を拳一つでぶち壊し、理想のスローライフを目指すのだった。  中二心溢れる剣と魔法の世界で、徒手空拳のみで戦う男の成り上がりファンタジー開幕。 旧題:チートの種~知らない間に異世界最強になってスローライフ~

元悪役令嬢はオンボロ修道院で余生を過ごす

こうじ
ファンタジー
両親から妹に婚約者を譲れと言われたレスナー・ティアント。彼女は勝手な両親や裏切った婚約者、寝取った妹に嫌気がさし自ら修道院に入る事にした。研修期間を経て彼女は修道院に入る事になったのだが彼女が送られたのは廃墟寸前の修道院でしかも修道女はレスナー一人のみ。しかし、彼女にとっては好都合だった。『誰にも邪魔されずに好きな事が出来る!これって恵まれているんじゃ?』公爵令嬢から修道女になったレスナーののんびり修道院ライフが始まる!

異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた

甘党羊
ファンタジー
唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。 降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。 森の中で引きこもりながら自身の持っていた能力と、周囲の環境を上手く利用してどんどん成長していく。 その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。 協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。

秘密のギフト【クラフトスキル】で領地開拓しながら楽しくスローライフを目指したい僕は、わざと無能のフリして辺境へ追放されました

長尾 隆生
ファンタジー
【祝】売れ行き好評につき第2巻発売決定!【祝】 「僕はこれで自由だ!」 強大な王国の伯爵家に生まれたレスト。だが跡継ぎとしての教育や貴族の世界に辟易して、なんとかこの立場から逃れたいと考えた彼は、腹違いの弟を跡継ぎにしようと暗躍し始めた継母を利用して、狙い通りに伯爵家を追放されることとなった。自らの持つS級ギフト【クラフトスキル】で辺境の領地でスローライフをするつもりだった彼が与えられたのは最果ての巨大島だった。彼は心許せる臣下たちと共にのんびり暮らすための領地開発を始めたのだったが、外界と隔離されたその島は驚くことばかりで、退屈しない日々を過ごすことになったのである。 ~これは最強のギフトを使い、全てを【クラフト】で解決していく心優しき最強領主の開拓物語~

転生幼女の怠惰なため息

(◉ɷ◉ )〈ぬこ〉
ファンタジー
ひとり残業中のアラフォー、清水 紗代(しみず さよ)。異世界の神のゴタゴタに巻き込まれ、アッという間に死亡…( ºωº )チーン… 紗世を幼い頃から見守ってきた座敷わらしズがガチギレ⁉💢 座敷わらしズが異世界の神を脅し…ε=o(´ロ`||)ゴホゴホッ説得して異世界での幼女生活スタートっ!! もう何番煎じかわからない異世界幼女転生のご都合主義なお話です。 全くの初心者となりますので、よろしくお願いします。 作者は極度のとうふメンタルとなっております…

処理中です...