箱庭?のロンド ―マリサはもふ犬とのしあわせスローライフを守るべく頑張ります―

彩結満

文字の大きさ
上 下
19 / 37

18 異変!② ~四日目

しおりを挟む


「山を越えたらフルゥピュアが見えてくる」


 ライアンの声でマリサの意識が浮上する。


「ワフッ、ワフッ!」


 抱きついていたシロリンの身体が急に強張った。


「毒です! 森全体と村の半分ほどが毒と瘴気のガスに包まれています!」


 遠目の利く魔術師が声を上げた。

 グレイスが速度を落としたのがわかると、マリサはようやく目を開いた。

 魔術師が告げたように、森と集落の半分程が、カーキ色と薄紫色の斑になったガスにすっぽりと覆われていた。

 ガスはじわじわとその範囲を広げ続けているようだ。

 高所が苦手なマリサだがそれどころではなく、村人達は、家畜は避難できているのだろうかと、ただただ心配だった。


「うーむ。毒と瘴気がここまで広がっているとはな」


 ロバジイが首を捻り呟いた。


「中央広場へ着陸する! 着陸後、住人の避難状況確認、及び、魔物討伐を行う!」


 グレイスを先頭に、騎士等が騎乗している従魔達が旋回しながら中央広場に降り立った。

 ここまでガスは迫っていないように見えるが、空気が重く、タバコのヤニや、腐った魚を燻したような臭いに、整備をしていないトラックのガスに似た臭いが立ち込めていて、マリサは思いっきり咽てしまった。

 はっきりとガスに覆われていなくても、周辺へ毒や瘴気のガスが広がっているのだろう。


「ここではあまり深く呼吸をしない方がいい。マリサ嬢は、ロバジイと共にこの先の高台にある教会へ行くといい。少しは空気がいいだろう。村人達も避難しているはずだ」


 グレイスやライアン、シロリンも平気そうだが、ロバジイや他の騎士、魔術師の中には咽ている者がいる。従魔のペガサスは、しきりにブルブルと首を震わせて嘶いていた。


(ペガサスも皆さんも大丈夫かしら。ああ、検証サイトに幾つか載っていた「裏技の呪文」、あれ、使えないかなあ……)


 マリサが今ぱっと思い出せるのは、女神セレースの畑の成長促進の呪文と、病害虫や菌で弱った野菜等を回復させる、女神サルースの呪文、それから大地に活力を与える呪文等だ。

 光魔法がどうのと注目されるのは考えものだが、この空気は長く耐えられそうにない。

 村全体にこの空気が充満しているとしたら、避難している村人達はずっと毒に晒されていることになる。


「ライアン様、一つ試したい事があるのですが……」


 マリサはライアンに呪文の内容を説明した。


「……なるほど、試してみるのはいいが、魔力切れを起こさぬよう、まずは小さめに、範囲をイメージしてみなさい」


 万が一のために、ライアンから魔力ポーションを何本か貰っているが、マリサとしても二度と枯渇のダメージは受けたくはなかった。


「わかりました。では、この広場の範囲でやってみます」


 マリサが手を胸の前で組み、目を閉じ無心になった瞬間、ドドドドッと地響きが近付いてきた。

 シロリンがマリサを守るように音のする方へ牙を向けるが、音のない世界の中に入ったマリサは気付かないで集中していた。

 本来は、病気になった植物や家畜から原因を取り除く、即ち、浄化して、元気にする呪文だ。ようは、植物や家畜の部分を「空気」に変えればいいのだ。

 マリサは、悪くなった空気を健やかに、正常にすることと、そして、広場を包み込むくらいの範囲、両方を強くイメージする。

頭に、大き目の空気清浄機が思い浮かぶ。



「健やかなる女神、サルース様、サルース様、サルース様、どうか、この広場の空気の穢れを祓い清めてください!」



 マリサが呪文を唱えるのと、毒を纏ったワイルドボアの群れが、白く眩く輝きだした広場になだれ込むのは同時だった。


 シロリンと共にライアン達はマリサを囲むように立ち、ワイルドボアと対峙するべく剣や杖を構えた。  

 シロリンが真っ先に、一際大きく青黒いワイルドボアに飛びかかった。


 ドスッ! ズシーン!

 ズササッ! ズズーン!

 ザシュッ! ドサッ!

 シュパパッ! ドササッ!


 そよそよそよと、心地よいそよ風がマリサの頬をなでていく。


(うん、成功したみたい。空気がおいしい!)


 うきうきとマリサが目を開けば、シロリンが前足の一振りで倒した、毒の抜けたワイルドボアが横たわっていた。


「えっ?」


 他の十頭ほどのワイルドボア達も、すっかり毒が抜けて、普通のワイルドボアになり、ライアン達に成敗されたところだった。


「わっ、わわわっ!」


 知らぬ間にワイルドボアの群れが広場中に転がっていた。他よりも一際大きな二頭のワイルドボアを転がすシロリンを見て、マリサは青褪めた。


「シロリン! そんな大きなのをひとりで倒したの? 二頭も?」


 側に行きたいのにシロリンに近付けなくてなんとももどかしい。


「はぁーっ、空気が変わりましたね」


 すぅはぁーっと、皆が深呼吸している。


「凶暴なポイズンワイルドボアが普通のワイルドボアに戻って助かりました」


 魔術師の一人が、杖をくるくる回してにっこり微笑んだ。


「どうだ? 魔力の状態は?」


 ライアンがマリサの顔を覗きこんできた。


(近いよ近い! イケメンとイケボの暴力だわ)


「へっ、平気です。もっと範囲を広げられそうです」


 焦りながら頷いた。


「そうか、ならばこの後、避難所の教会でも頼めるか?」

「はい、分かりました」


 そう答えつつ、これから討伐に向かうライアン達になにか出来ないかと考えていた。


「あの……、もう一つ試したいことがあります」


    この広場を出ればガスに晒されてしまうし、広場の清浄な空気も、暫くすればガスに浸食されるだろう。
    成功するかどうかはやってみなければわからないが、女神サルースの呪文を、人にかけてみたいとライアンに説明した。

 個人個人が小さな空気清浄機を持ち歩くようなイメージだ。マリサ自身は戦えなくとも、少しでも役に立ちたい。

 それがエゴだとしても。


「無理は禁物だが、やってみる価値はあるだろう」


 根本の原因を叩き潰さぬ限り、瘴気を作る魔素や毒は濃度を増し、魔物を呼び寄せる。 

 変異した凶暴な魔物は後を絶たない。ポイズンバッタの死骸はガスの濃度の高い場所にあり、いくら屈強なライアンでも近付くのは容易ではないだろう。


「皆様、私の周囲に来てください」


 皆が集まるのを確認すると、マリサは胸の前で手を組み、すっと目を閉じる。



「健やかなる女神、サルース様、サルース様、サルース様、どうか、広場に集まる一人一人に、そして従魔達に、暫くの間正常な空気を届けてください!」



「おおっ!」

「うわっ!」

「ワフッ、ワフッ♪」

「ほほーっ」

「ヒヒヒヒヒィーン!」

「ブルルルッ!」

「こりゃたまげたな」


 ロバジイは自分の身体をあちこち触って、よっほっと軽やかに足を踏み鳴らしている。


「面白いな。身体がとても軽い。清涼な空気に包まれている気がする」


 ライアンや皆も目を輝かせていて、シロリンやグレイスや従魔達も飛び上がったり尻尾をぶんぶん振ったり広場を駆け回ったりと、活気に満ちている。


「さあ、出撃だ!」 


 ライアンの号令で皆の顔がピリリと引き締まる。


「と、マリサ嬢、教会へ行く前に、魔力ポーションを飲みなさい」


 出発間際に、ライアンからにこやかに小瓶を渡される。

 有無を言わせず飲むまでがセットだった。


(うおおおぅ、苦いよう……)


 涙目で、シロリンとロバジイと、剣士と魔術師、合計四人と一匹で、避難所に向かうマリサだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

聖女召喚に巻き添え異世界転移~だれもかれもが納得すると思うなよっ!

山田みかん
ファンタジー
「貴方には剣と魔法の異世界へ行ってもらいますぅ~」 ────何言ってんのコイツ? あれ? 私に言ってるんじゃないの? ていうか、ここはどこ? ちょっと待てッ!私はこんなところにいる場合じゃないんだよっ! 推しに会いに行かねばならんのだよ!!

異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた

甘党羊
ファンタジー
唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。 降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。 森の中で引きこもりながら自身の持っていた能力と、周囲の環境を上手く利用してどんどん成長していく。 その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。 協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。

ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林
ファンタジー
 現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。  第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。  この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。  そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。  畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。  斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

異世界に来たようですが何も分かりません ~【買い物履歴】スキルでぼちぼち生活しています~

ぱつきんすきー
ファンタジー
突然「神」により異世界転移させられたワタシ 以前の記憶と知識をなくし、右も左も分からないワタシ 唯一の武器【買い物履歴】スキルを利用して異世界でぼちぼち生活 かつてオッサンだった少女による、異世界生活のおはなし

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)

音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。 魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。 だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。 見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。 「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

処理中です...