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18 異変!② ~四日目
しおりを挟む「山を越えたらフルゥピュアが見えてくる」
ライアンの声でマリサの意識が浮上する。
「ワフッ、ワフッ!」
抱きついていたシロリンの身体が急に強張った。
「毒です! 森から始まり村の半分ほどが毒と瘴気のガスに包まれています!」
遠目の利く魔術師が声を上げた。
グレイスが速度を落としたのがわかると、マリサはようやく目を開いた。
魔術師が告げたように、森と集落の半分程が、カーキ色と薄紫色の斑になったガスにすっぽりと覆われていた。
ガスはじわじわとその範囲を広げ続けているようだ。
高所が苦手なマリサだがそれどころではなく、村人達は、家畜は避難できているのだろうかと、ただただ心配だった。
「うーむ。毒と瘴気がここまで広がっているとはな」
ロバジイが首を捻り呟いた。
「中央広場へ着陸する! 着陸後、住人の避難状況確認、及び、魔獣討伐を行う!」
グレイスを先頭に、騎士等が騎乗している従魔達が旋回しながら中央広場に降り立った。
ここまでガスは迫っていないように見えるが、空気が重く、タバコのヤニや、腐った魚を燻したような臭いに、整備をしていないトラックのガスに似た臭いが立ち込めていて、マリサは思いっきり咽てしまった。
はっきりとガスに覆われていなくても、周辺へ毒や瘴気のガスが広がっているのだろう。
「ここではあまり深く呼吸をしない方がいい。マリサ嬢は、ロバジイと共にこの先の高台にある教会へ行くといい。少しは空気がいいだろう。村人達も避難しているはずだ」
グレイスやライアン、シロリンも平気そうだが、ロバジイや他の騎士、魔術師の中には咽ている者がいる。従魔のペガサスは、しきりにブルブルと首を震わせて嘶いていた。
(ペガサスも皆さんも大丈夫かしら。ああ、検証サイトに幾つか載っていた「裏技の呪文」、あれ、使えないかなあ……)
マリサが今ぱっと思い出せるのは、女神セレースの畑の成長促進の呪文と、病害虫や菌で弱った野菜等を回復させる、女神サルースの呪文、それから大地に活力を与える呪文等だ。
光魔法がどうのと注目されるのは考えものだが、この空気は長く耐えられそうにない。
村全体にこの空気が充満しているとしたら、避難している村人達はずっと毒に晒されていることになる。
「ライアン様、一つ試したい事があるのですが……」
マリサはライアンに呪文の内容を説明した。
「……なるほど、試してみるのはいいが、魔力切れを起こさぬよう、まずは小さめに、範囲をイメージしてみなさい」
万が一のために、ライアンから魔力ポーションを何本か貰っているが、マリサとしても二度と枯渇のダメージは受けたくはなかった。
「わかりました。では、この広場の範囲でやってみます」
マリサが手を胸の前で組み、目を閉じ無心になった瞬間、ドドドドッと地響きが近付いてきた。
シロリンがマリサを守るように音のする方へ牙を向けるが、音のない世界の中に入ったマリサは気付かないで集中していた。
本来は、病気になった植物や家畜から原因を取り除く、即ち、浄化して、元気にする呪文だ。ようは、植物や家畜の部分を「空気」に変えればいいのだ。
マリサは、悪くなった空気を健やかに、正常にすることと、そして、広場を包み込むくらいの範囲、両方を強くイメージする。
頭に、大き目の空気清浄機が思い浮かぶ。
「健やかなる女神、サルース様、サルース様、サルース様、どうか、この広場の空気の穢れを祓い清めてください!」
マリサが呪文を唱えるのと、毒を纏ったワイルドボアの群れが、白く眩く輝きだした広場になだれ込むのは同時だった。
シロリンと共にライアン達はマリサを囲むように立ち、ワイルドボアと対峙するべく剣や杖を構えた。
シロリンが真っ先に、一際大きく青黒いワイルドボアに飛びかかった。
ドスッ! ズシーン!
ズササッ! ズズーン!
ザシュッ! ドサッ!
シュパパッ! ドササッ!
そよそよそよと、心地よいそよ風がマリサの頬をなでていく。
(うん、成功したみたい。空気がおいしい!)
うきうきとマリサが目を開けば、シロリンが前足の一振りで倒した、毒の抜けたワイルドボアが横たわっていた。
「えっ?」
他の十頭ほどのワイルドボア達も、すっかり毒が抜けて、普通のワイルドボアになり、ライアン達に成敗されたところだった。
「わっ、わわわっ!」
知らぬ間にワイルドボアの群れが広場中に転がっていた。他よりも一際大きな二頭のワイルドボアを転がすシロリンを見て、マリサは青褪めた。
「シロリン! そんな大きなのをひとりで倒したの? 二頭も?」
側に行きたいのにシロリンに近付けなくてなんとももどかしい。
「はぁーっ、空気が変わりましたね」
すぅはぁーっと、皆が深呼吸している。
「凶暴なポイズンワイルドボアが普通のワイルドボアに戻って助かりました」
魔術師の一人が、杖をくるくる回してにっこり微笑んだ。
「どうだ? 魔力の状態は?」
ライアンがマリサの顔を覗きこんできた。
(近いよ近い! イケメンとイケボの暴力だわ)
「へっ、平気です。もっと範囲を広げられそうです」
焦りながら頷いた。
「そうか、ならばこの後、避難所の教会でも頼めるか?」
「はい、分かりました」
そう答えつつ、これから討伐に向かうライアン達になにか出来ないかと考えていた。
「あの……、もう一つ試したいことがあります」
この広場を出ればガスに晒されてしまうし、広場の清浄な空気も、暫くすればガスに浸食されるだろう。
成功するかどうかはやってみなければわからないが、女神サルースの呪文を、人にかけてみたいとライアンに説明した。
個人個人が小さな空気清浄機を持ち歩くようなイメージだ。マリサ自身は戦えなくとも、少しでも役に立ちたい。
それがエゴだとしても。
「無理は禁物だが、やってみる価値はあるだろう」
根本の原因を叩き潰さぬ限り、瘴気を作る魔素や毒は濃度を増し、魔物を呼び寄せる。
変異した凶暴な魔物は後を絶たない。ポイズンバッタの死骸はガスの濃度の高い場所にあり、いくら屈強なライアンでも近付くのは容易ではないだろう。
「皆様、私の周囲に来てください」
皆が集まるのを確認すると、マリサは胸の前で手を組み、すっと目を閉じる。
「健やかなる女神、サルース様、サルース様、サルース様、どうか、広場に集まる一人一人に、そして従魔達に、暫くの間正常な空気を届けてください!」
「おおっ!」
「うわっ!」
「ワフッ、ワフッ♪」
「ほほーっ」
「ヒヒヒヒヒィーン!」
「ブルルルッ!」
「こりゃたまげたな」
ロバジイは自分の身体をあちこち触って、よっほっと軽やかに足を踏み鳴らしている。
「面白いな。身体がとても軽い。清涼な空気に包まれている気がする」
ライアンや皆も目を輝かせていて、シロリンやグレイスや従魔達も飛び上がったり尻尾をぶんぶん振ったり広場を駆け回ったりと、活気に満ちている。
「さあ、出撃だ!」
ライアンの号令で皆の顔がピリリと引き締まる。
「と、マリサ嬢、教会へ行く前に、魔力ポーションを飲みなさい」
出発間際に、ライアンからにこやかに小瓶を渡される。
有無を言わせず飲むまでがセットだった。
(うおおおぅ、苦いよう……)
涙目で、シロリンとロバジイと、騎士と魔術師、合計四人と一匹で、避難所に向かうマリサだった。
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